恥を忍んで頼んでみる。
 駄目だったら、祖父を頼るしかない。


「お願いします。
 50ルア、貸してください。
 月曜日に必ず、お返します」


 ここからのキャブの運賃と、コートを洗いに出す料金、合わせても50ルア借りられたら。
 薬局で立て替えて貰った薬代と借りた50ルアとコートを返したら、それで終わり。


 フィリップスさんは何も言わずに、お金を貸してくれた。
 そして名刺を返して、と静かな声で言って。


「来週なら午前中は、ここに居ますから」

 私が返したその裏に、彼は走り書きして再び渡した。


「キャブをつかまえてくるから、絶対に外に出ないで薬局の中で待っててください」


 フィリップスさんはキャブには同乗しないから安心して、と言った。
 いくらパピーも一緒だとは言え、ご令嬢の部屋の前まで送れないから、と。


 シドニーより背が高くて、
 シドニーよりその声が良い感じで、
 シドニーより柔らかく微笑む、
 シドニーより素敵な人であっても。


 信用してはいけない。
 夜の街で、借り物の言葉で声をかけてきて。
 名前しか書いていない名刺を渡してくるひとなんて。

 ……信用なんかしてはいけない。

 信じたひとに。
 もう裏切られたくはないから。