アナスタシアはフィーネが出て行くと、アーサーをちらりと見て「今の、本当ですか?」と不審げに訊ねる。
アーサーは苦笑した。
「一応本当。でも今朝のことだから、試食はもうできないかもね」
アナスタシアは困ったように笑った。
「それは本当とは言いませんよ……」
「ごめん。でもふたりきりになりたかったんだ」
アーサーの零した本音に、アナスタシアの顔がぼっと赤くなった。
「お、お茶を……」と、そそくさと退出しようとするアナスタシアの手を、アーサーが取る。
「お茶はいい。それより、ここにいて」
「……はい」
アナスタシアはアーサーの隣に腰を下ろした。アーサーはアナスタシアの手を握ったまま、体をすっと寄せる。
「アーサー……」
アーサーは頬を染めて見つめてくるアナスタシアに静かに微笑み、頭を撫でた。そのまま手を頬に滑らせ、身をかがめる。
アナスタシアの顔に影が落ちた。
唇が触れ合ったのは、ほんの一瞬。唇が離れると、アナスタシアは恥ずかしそうにアーサーを見上げて、微笑んだ。
「アナスタシア、愛してる」
「はい……」
「誰にも渡したくない……」
アーサーは囁きながらアナスタシアの顎に手を添え、もう一度キスをした。
顔を離し、微笑み合って、「やっぱりお茶にしようか」とアーサーが言った。
「もう少し、アナスタシアとふたりでゆっくりしたい」
「はい。すぐにお茶とお菓子、持ってきますね」
アナスタシアは嬉しそうに部屋を出ていった。アーサーはその後ろ姿を眩しそうに目を細めて見つめていた。
あとは、この王国をどうにかしなければ……。グルーから奪い取ったアナスタシアを幸せにするためにも。
すぐにアナスタシアは戻ってきた。手には、花茶が入ったグラスポッドと色とりどりのクッキーが乗った盆がある。
「あぁ。ありがとう。持つよ。バルコニーに行こう」
バルコニーに出て、冷ややかな花茶を飲む。口の中がさっぱりする。
見渡す限り、土と人口の光で埋め尽くされた地下街。景観がいいとはとても言えない。
レグール王国は昼間の日差しが強く、平均温度五十度を超える気候の砂漠地帯だ。雨が降ったとしてもたちまち干からびてしまう厳しい土地。
そのためレグール王国は地下に存在している。
マルク王国ほどの豊かな土地ではない。緑はなかなか成長せず、乾燥で肌はバキバキになる。
国民は賑やかで朗らかで、ひたすらに夢を見て、資源を掘り続けている。しかしそれも、いつまで続くだろうか……。
アナスタシアのあの一件から、マルク王国とは完全に決別してしまった。支援は望めない。もちろん望む気はないし、望みたくもないが……。
だからこそ、一刻も早く、資源を掘り当てなければならない。
アーサーは賑やかな地下世界を見つめながら、眉を寄せた。
「アーサー」
名前を呼ばれ、ハッとした。
「あ、うん。なに?」
「あのね、今日フィーネと地下森林の奥に行ったとき……不思議な洞窟を見つけたのだけど」
「洞窟? 地下森林の奥に?」
「あそこ……不思議な匂いがしたんです」
「不思議な匂い?」
「はい。上手く言えないのですけど……あれはたぶん」
宝石の匂い。アナスタシアはぽつりとそう言った。
アーサーは驚いた顔をして、アナスタシアを見る。
「宝石に匂いなんてあるの?」
それは知らなかった。アーサーは試しにケープの留め具に使われているアメジストを鼻先に持っていく。しかし、特別匂いはしない。それを見ていたアナスタシアはくすくすと肩を揺らして笑った。
「私、もともと鼻が良くて……とはいっても、宝石に関してはなんですが」
なんでも、アナスタシアが住んでいたマルク王国の南部では、宝石はほとんど取れなかったという。そのため、市場には偽物がよく出回っていたそうだ。
「私は、物心ついた頃からうちに来る商人の宝石を見ていたので」
だから、本物か偽物か分かるようになったのかもしれない。
「あの洞窟からは、ゴールドと、それから……水晶の香りがしました」
「……そう、なのか……?」
「私はこの国に来て日が浅いですし、口を挟む権利もありませんが……掘ってみる価値はあるかもしれません」
「…………一か八か、か」
かくして、アナスタシアの言うとおり、洞窟の奥を採掘してみると、大量の金が発掘されたのである。さらにそのすぐ近くには水晶で埋め尽くされた鍾乳洞と水源まであった。
ずっと夢を追い続けていた無邪気な国民は、大喜びした。
アーサーは発掘を支持したのはアナスタシアであると彼女の快挙を国民に知らせ、アナスタシアはあっという間に国民に受け入れられたのである。
そしてその半年後……アナスタシアとアーサーの結婚式が執り行われた。
美しいレースと刺繍が施された純白のマーメイドドレスをまとったアナスタシアはまるで花の精のよう。同じく純白のタキシード姿のアーサーは絶世の美青年であった。
王家も国民も美しいふたりの結婚にため息を漏らし、盛大に祝福した。
その後、アーサーは王位を継承し、レグール国王となった。大きな資源を得た新たなレグール王国はたちまち世界最大の大国となり、仕事を求めたたくさんの人々が他国から流れ込んできた。それに比例して、近郊の国々は衰退していった。
他国の荒廃にアーサーとアナスタシアは心を痛め、各国と同盟を組み、お互いを支え合うこととした。
もちろん、アーサーは敵対したマルク王国にも手を差し伸べようとした。しかし、前国王から王位の座を引き継いだグルー国王はそれを拒絶。
結果、国民はこぞって他国(特にレグール王国)への亡命を始め……マルク王国はみるみる衰退し、滅亡の一途を辿った。
そして、マルク王国は最終的にレグール王国の領土となったのである。
アーサーは苦笑した。
「一応本当。でも今朝のことだから、試食はもうできないかもね」
アナスタシアは困ったように笑った。
「それは本当とは言いませんよ……」
「ごめん。でもふたりきりになりたかったんだ」
アーサーの零した本音に、アナスタシアの顔がぼっと赤くなった。
「お、お茶を……」と、そそくさと退出しようとするアナスタシアの手を、アーサーが取る。
「お茶はいい。それより、ここにいて」
「……はい」
アナスタシアはアーサーの隣に腰を下ろした。アーサーはアナスタシアの手を握ったまま、体をすっと寄せる。
「アーサー……」
アーサーは頬を染めて見つめてくるアナスタシアに静かに微笑み、頭を撫でた。そのまま手を頬に滑らせ、身をかがめる。
アナスタシアの顔に影が落ちた。
唇が触れ合ったのは、ほんの一瞬。唇が離れると、アナスタシアは恥ずかしそうにアーサーを見上げて、微笑んだ。
「アナスタシア、愛してる」
「はい……」
「誰にも渡したくない……」
アーサーは囁きながらアナスタシアの顎に手を添え、もう一度キスをした。
顔を離し、微笑み合って、「やっぱりお茶にしようか」とアーサーが言った。
「もう少し、アナスタシアとふたりでゆっくりしたい」
「はい。すぐにお茶とお菓子、持ってきますね」
アナスタシアは嬉しそうに部屋を出ていった。アーサーはその後ろ姿を眩しそうに目を細めて見つめていた。
あとは、この王国をどうにかしなければ……。グルーから奪い取ったアナスタシアを幸せにするためにも。
すぐにアナスタシアは戻ってきた。手には、花茶が入ったグラスポッドと色とりどりのクッキーが乗った盆がある。
「あぁ。ありがとう。持つよ。バルコニーに行こう」
バルコニーに出て、冷ややかな花茶を飲む。口の中がさっぱりする。
見渡す限り、土と人口の光で埋め尽くされた地下街。景観がいいとはとても言えない。
レグール王国は昼間の日差しが強く、平均温度五十度を超える気候の砂漠地帯だ。雨が降ったとしてもたちまち干からびてしまう厳しい土地。
そのためレグール王国は地下に存在している。
マルク王国ほどの豊かな土地ではない。緑はなかなか成長せず、乾燥で肌はバキバキになる。
国民は賑やかで朗らかで、ひたすらに夢を見て、資源を掘り続けている。しかしそれも、いつまで続くだろうか……。
アナスタシアのあの一件から、マルク王国とは完全に決別してしまった。支援は望めない。もちろん望む気はないし、望みたくもないが……。
だからこそ、一刻も早く、資源を掘り当てなければならない。
アーサーは賑やかな地下世界を見つめながら、眉を寄せた。
「アーサー」
名前を呼ばれ、ハッとした。
「あ、うん。なに?」
「あのね、今日フィーネと地下森林の奥に行ったとき……不思議な洞窟を見つけたのだけど」
「洞窟? 地下森林の奥に?」
「あそこ……不思議な匂いがしたんです」
「不思議な匂い?」
「はい。上手く言えないのですけど……あれはたぶん」
宝石の匂い。アナスタシアはぽつりとそう言った。
アーサーは驚いた顔をして、アナスタシアを見る。
「宝石に匂いなんてあるの?」
それは知らなかった。アーサーは試しにケープの留め具に使われているアメジストを鼻先に持っていく。しかし、特別匂いはしない。それを見ていたアナスタシアはくすくすと肩を揺らして笑った。
「私、もともと鼻が良くて……とはいっても、宝石に関してはなんですが」
なんでも、アナスタシアが住んでいたマルク王国の南部では、宝石はほとんど取れなかったという。そのため、市場には偽物がよく出回っていたそうだ。
「私は、物心ついた頃からうちに来る商人の宝石を見ていたので」
だから、本物か偽物か分かるようになったのかもしれない。
「あの洞窟からは、ゴールドと、それから……水晶の香りがしました」
「……そう、なのか……?」
「私はこの国に来て日が浅いですし、口を挟む権利もありませんが……掘ってみる価値はあるかもしれません」
「…………一か八か、か」
かくして、アナスタシアの言うとおり、洞窟の奥を採掘してみると、大量の金が発掘されたのである。さらにそのすぐ近くには水晶で埋め尽くされた鍾乳洞と水源まであった。
ずっと夢を追い続けていた無邪気な国民は、大喜びした。
アーサーは発掘を支持したのはアナスタシアであると彼女の快挙を国民に知らせ、アナスタシアはあっという間に国民に受け入れられたのである。
そしてその半年後……アナスタシアとアーサーの結婚式が執り行われた。
美しいレースと刺繍が施された純白のマーメイドドレスをまとったアナスタシアはまるで花の精のよう。同じく純白のタキシード姿のアーサーは絶世の美青年であった。
王家も国民も美しいふたりの結婚にため息を漏らし、盛大に祝福した。
その後、アーサーは王位を継承し、レグール国王となった。大きな資源を得た新たなレグール王国はたちまち世界最大の大国となり、仕事を求めたたくさんの人々が他国から流れ込んできた。それに比例して、近郊の国々は衰退していった。
他国の荒廃にアーサーとアナスタシアは心を痛め、各国と同盟を組み、お互いを支え合うこととした。
もちろん、アーサーは敵対したマルク王国にも手を差し伸べようとした。しかし、前国王から王位の座を引き継いだグルー国王はそれを拒絶。
結果、国民はこぞって他国(特にレグール王国)への亡命を始め……マルク王国はみるみる衰退し、滅亡の一途を辿った。
そして、マルク王国は最終的にレグール王国の領土となったのである。