「気を使わなくていい。俺の実力がわかったろ?」
「これは確かに、素晴らしい才能ですね。ヘタウマって言うんでしょうか」
「馬だけにか?」
 あはは、とふたりで大笑いした。
 紗英には悠司の描いた馬が、とても愛嬌があるように見えた。
 イケメンで紳士で、御曹司で、そんな完璧な悠司にも弱点と言えるものがあったなんて意外だけれど、可愛らしく感じた。
「悠司さん、このイラスト、私がもらってもいいですか?」
「いいけど、ただの落書きだぞ。なににするんだ?」
 悠司は手帳の一ページを破り、紗英に差し出す。
 彼の描いた馬の絵を手にした紗英は、愛しげに見つめた。
「お守りにしようと思って。お財布に入れておきますね」
「おいおい。だったらもうちょっと丁寧に描くんだったな……」
 頭をかいた悠司は照れ笑いを零している。
 微笑みを浮かべた紗英は財布を取り出すと、丁寧にたたんだ馬の絵をしまった。
 御利益があるなんて思ったわけではない。ただ、悠司とデートした証のようなものが欲しかったのだ。今日のデートの、思い出にしたかった。
 微笑み合ってカフェラテを飲んだふたりは、カフェをあとにする。
 悠司はまた紗英と手をつなぐと、駐車場へ向かった。
 そのとき、プラネタリウムを見た施設の前を通りかかる。
 ふと館内を目にした悠司は言った。
「そういえば、今は春だから春の星座だったけど、季節によって内容が変わるわけだよな」
「そうですね。あとは夏と秋と冬のバージョンがあるんだと思います」
「じゃあ、次は夏だな。また来よう」
「え……」
 また、という悠司の言葉に目を瞬かせる。
 かりそめの恋人のはずなのに、次回のデートもあるのだろうか。
 不思議そうな顔をしている紗英に、悠司は顔を寄せて訊ねる。
「どうした?」
「あの……私たち、またデートするんですか?」
「そうだよ。恋人なんだから、当たり前だろ」
「仮の恋人ですよね?」
「まあね。細かいことはいいじゃないか」
 なんとなく釈然としないが、悠司が今後のデートのことを考えてくれるのは嬉しかった。
 これきりじゃないんだ……私はまた、悠司さんとデートできる……。
 未来に希望があると、心が軽くなる。
 つながれた悠司の手から伝わる熱が、意味を持っているような気がした。

 駐車場に着いたふたりは車に乗り込み、ドライブをして海へ向かった。
 湾岸沿いを軽快に走る車のウィンドウを開ければ、心地よい潮風が吹いてくる。
「わあ……気持ちいい」
「天気がよくてよかった。でも雨の日でも、紗英となら楽しく過ごせそうだな」
「雨の日だったら、なにします?」
「そうだなあ……俺の部屋でデートとか」
 前を向いてハンドルを握る悠司を、ちらりと紗英は見やる。
 彼の言葉にどこか淫靡な響きが含まれているような気がしたから、なんだかどきどきした。
 でも真に受けてはいけない。もしもの話だ。
「そうですね……機会があれば」
「ぜひ。部屋を片付けておくよ」
 なんだか本当に実現してしまいそうな気がして、紗英は戸惑った。
 悠司の部屋に行ってみたい気はするけれど、相手の領域に踏み込んだら、セックスなしで帰れないのではと思う。
 というか、私たち、これからもセックスする関係なのかな……?
 恋人契約という名の、仮の恋人なので、勝負の決着がついたら終わる関係だ。
 その前に、悠司が飽きたり、彼に新たな恋人ができたら、その時点で終了するだろう。
 もしも紗英が悠司に惚れて、かつ甘えられたら、悠司の勝ちになる。そうしたら彼の言うことを聞かなければならないのだが、その可能性は低いと思えた。
 私が悠司さんに甘えるなんて、できるわけない……。
 誰にも甘えたことなんてないのだ。それどころか、甘えるとは、果たしてどうするのかさえわからない。猫のようにゴロゴロして甘えるのは、いつだってクズ男のほうだった。
 憂鬱になってきた紗英は、気分を変えるために明るい声を出す。
「悠司さん。お腹空きません?」
「そうだな。どこかで昼食にするか」
「ドライブスルーでもいいですよ。悠司さんさえよければ」
「いいね。じゃあ、ファストフードにしよう」
 通りかかったファストフード店のドライブスルーに寄り、ハンバーガーやポテト、コーラをふたり分購入する。
 スタッフから商品の入った紙袋を渡されると、車はドライブスルーを出て、再び湾岸沿いを走り出す。
「たまにこういうファストフードを食べたくなるんだよな」
「そうなんですよね。自炊が嫌になったわけじゃないのに、不思議ですよね」