ずらりと席が並んでいるのは映画館と同じだが、天井がドーム型になっており、そこに映像が映し出される仕様のようだ。
 紗英と悠司は後方の席に、並んで座った。ふたりの両隣には誰も来ないようだ。ほかの観客は離れたところに座っているので、なんだかふたりきりのような雰囲気が漂う。
 悠司の広い肩が、ほんの少し触れていて、紗英はかすかに緊張した。
「チェアを調整して上向きにできるんだよ。ほら、ここのレバーを動かしてみて」
「あ、ほ、ほんと」
 彼はまったく緊張などしていないようで、腕を伸ばして紗英の椅子のレバーを調整する。
 そうすると彼の体が覆い被さってきて、どきりとさせられた。
 レバーを操作してチェアを倒した悠司が、間近から微笑みかける。
「どうかな?」
「……ちょうど、いいです」
「それはよかった」
 端麗な顔がすぐ傍にあるので心臓がもたない。
 どきどきと鼓動が逸る。
 悠司に悪戯しようなどというつもりはなかったらしく、彼は姿勢を直すと、チェアにもたれた。
 べ、べつに、キスされるかも……なんて期待してるわけじゃないし!
 紗英は自らに言い聞かせ、まだなにも映っていないドームを見上げる。
 ややあって場内が暗くなり、上映が開始される。
 アナウンスが終わると、ドームの真上に煌めく星座が映された。
 春の星座……おおぐま座、こぐま座、それにおとめ座、へびつかい座。それらが解説の音声とともに、夜空のドームに広がる。
 キラキラと光り輝く星たちは、まるで本物のような煌めきだった。
 見入っていたとき、ふと、手が温かいもので包まれる。
 手元を見ると、紗英の手の上に、悠司の大きな手が重なっていた。
 彼の手は大きいのに、なぜか重く感じない。熱くて、ほっとできる、優しさに満ちていた。
 悠司に目を向けると、彼は微笑みかける。紗英も微笑みかけた。
 釣られたというより、そうしたかったから。
 ふたりは手をつないだまま、プラネタリウムを鑑賞した。
 やがて場内が明るくなり、夜空は消える。
 それを紗英は寂しく思った。もう終わりなんだ、と一瞬で上映が終わってしまったかのような感覚になった。
 ずっと悠司さんと隣り合って、星空を見上げていられたらいいのに……。
 彼の隣は心地よくて、とても落ち着く。
 ほかの観客が立ち上がり、場内を出ていく音が響いた。
 気を取り直した紗英は、悠司を見やる。
「楽しかったですね」
「そうだな。すごく勉強になった。学生の頃に教わったな、って思い出したよ」
「私もです。懐かしいですよね」
 立ち上がったふたりはシアタールームをあとにした。
 館内から出ると、陽射しが眩しく感じて目を眇める。
「カフェがあるから、少しお茶しようか」
「そうですね」
 ふたりは隣のカフェに足を運び、テラス席に座った。
 春の木漏れ日が心地よい日和だ。
 紗英がカフェラテをオーダーすると、悠司も「俺も、それで」と同じものを注文する。
 のんびりと道行く人を眺めていると、すぐにスタッフはオーダーしたカフェラテを持ってきた。
 紗英のカップには猫が、悠司のカップには犬がそれぞれラテアートされている。
「可愛い! 悠司さんのは犬ですね」
「紗英のは……化け猫か?」
 カップを手にした紗英は噴き出しそうになった。
 確かに猫の目は大きく見開いて、爛々としているように見えるけれども。
「化け……は余計かな。ふつうの猫だと思いますよ」
「はは、そうか。俺は絵が下手だからな。人の絵を見ても犬と猫を間違えたりする」
 ふうふうとカップに息を吹きかけて冷ました紗英は、ひとくちカフェラテを口に含んだ。
 とろりと溶けた猫は、紗英の口元に吸い込まれる。
「悠司さんは絵が……あまりうまくないんですか。初耳です」
「隠すつもりはないが、ひどいぞ。学生時代は美術だけが、いつも一だった」
 カフェラテを飲んだ悠司は、つとカップを置くと、懐から革の手帳を取り出した。
 パラパラとページを捲ると、彼は白紙のところにボールペンで絵を描き始める。
 彼が描いているのは、なにかの動物のようだ。
 顔が大きくて、手足が細い。いったいなんだろう。
「どうかな? なにに見える?」
 なぜか誇らしげに披露する悠司に、紗英は頬を引きつらせた。
 どうしよう、全然わからない……!
 耳が丸いので、猫だろうか。デフォルメがきつすぎる絵からは特徴が見出せない。
「えっと……子猫……かな?」
「……馬だ」
「えっ⁉ どの辺が馬……あっ、いえ、馬に見えなくもないですね」
 てのひらを額に当てた悠司は笑っている。