「え……あの、悠司さんは前の彼女とか……いないんですか?」
 聞きにくいことだけれど、つい口に出してしまった。
 今は恋人がいないようだけれど、悠司の以前の彼女のことは気になる。
 ロータリーを目視しながらハザードランプを消した悠司は、ウインカーを出す。車はゆっくりと動き出した。
「学生のとき、友達感覚でデートしたことはあるんだけどね。すぐに冷めてしまった。まあ、さほど好きじゃなかったってことだな」
「そうなんですか……」
「社会人になってからは会社での立場もあるしね。そう気楽に付き合えないというか」
「だから私との恋人契約というわけなんですね」
「ん? うーん、まあ、そうだね」
 なんだか悠司の歯切れが悪いが、御曹司なので気軽に恋人を作るわけにはいかないのだろう。
 だから、その代わりに紗英と仮の恋人を演じるというわけだ。
 紗英も恋愛で傷ついたばかりなので、悠司との恋人契約はちょうどよい距離感を保てると思えた。
 快晴の空の下、車は大通りを順調に走行していく。
 悠司の運転は安定感があり、安心して乗っていられた。
「ところで、デートコースは三番でいいんだよな?」
「あ……はい。プラネタリウムを見たいです」
「いいね。紗英は星が好きなの?」
 あっさり許可されたことに、紗英はびっくりする。強引な悠司のことだから、自分の行きたいところを優先すると思っていた。それ以上に、紗英が知る男たちはみな、自分のことばかりを優先していたので、紗英の意見など聞かなかった。
 悠司さんは、私の意見を尊重してくれるんだ……。
 紗英の胸に感動が溢れる。
 とても小さなことかもしれないけれど、紗英には夜空の星を捕まえたくらいの感激が染みていた。
「は、はい! 星座とか、興味があって……でも一度もプラネタリウムを見たことがないんです」
「俺もプラネタリウムは初めてだな。映画館の近くにあるからデートコースに加えてみたけど、紗英が興味あるならよかった」
「いいんですか? 私のやりたいことを優先させても」
 悠司は一瞬、なにを言われたのかわからないかのように小首を傾げる。
「もちろん。紗英の行きたいところを選んでほしいから、デートコースを何種類か提案してみたんだけど、なにかおかしなことあったか?」
「あ、いいえ。そういうわけじゃないんですけど、悠司さんはほかに行きたいところはないのかなと思って」
「きみといられるなら、俺はどこでもいいんだけど……そうだな、俺の要望を汲んでくれるなら、あとで海をドライブしたいけど、いいか?」
「もちろんです! ドライブもしてみたいです」
「よかった。それじゃあ、まずはプラネタリウムだな」
 かりそめの恋人ではあるけれど、こうしてデートコースを相談できることに、紗英の心は浮き立った。
 ややあって、車は商業施設の近くにある駐車場に到着した。
 車を降りると、悠司は紗英と手をつなぐ。
「え……」
 紗英が目を瞬かせると、悠司は爽やかな笑みを向けた。
「俺の彼女だからね。転ばないよう、手をつないでいよう」
「か、かりそめですよね……」
「いいんだよ」
 手をつないで休日の街を歩くなんて、まるで本物の恋人同士みたいだ。
 紗英の心は、ふわふわと躍る。
 しっかりと握られた悠司の手はとても熱くて大きくて、頼もしい。
 少しだけ、ほんの少しだけ、きゅっと紗英は力を入れて悠司の手を握り返した。
 手をつないだふたりはプラネタリウムを上映している施設に入館する。
 人はまばらで、ほとんどが親子連れのようだ。
 悠司はカウンターで「大人ふたりです」と告げて財布を出す。
 それを見た紗英も慌ててバッグから財布を取り出した。
「自分の分は自分で払います」
「おっと。きみは俺の彼女だから、今日のデート代は全部俺が払うことになってる。だから紗英の財布は封印してくれ」
「ええっ⁉」
「それが俺のスタンスだから。男に花を持たせてくれよ」
 悠司は茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。
 そう言われては、無理に払うとは言えない。
 仕方なく紗英は財布をしまった。
「それじゃあ、ごちそうになります」
「うん。それでいいんだよ」
 彼女だから奢られる……なんて、なんだかこそばゆいけれど、今日は素直に悠司に甘えよう。
 チケットを購入すると、ふたりはシアタールームに入室する。