再び涙が込み上げてくる。
向坂くんは以前と少しも変わっていなかった。
残虐な本性なんてなかった。
実際には正気を失っていなくて、私を救うために、ずっとそんなふりをしていただけ。
ところどころで触れた彼の優しさも本物だったんだ。
信じようと、信じたいと思った私の気持ちは間違っていなかった。
保健室で話したときから態度が変わったのも腑に落ちる。
私に苦痛が蓄積していくと知って、迷いと後悔が生じたのだろう。
(あ……、そっか)
私を攫って部屋に閉じ込めた本当の理由も、あのとき彼が何を待ってすぐには殺さなかったのかも、今なら分かる気がする。
殺す邪魔をされたくなかったから、じゃない。
あらゆるところに潜む死の危険から守ってくれようとしたんだ。
自分の手の届く距離、目に入る範囲に私を留めておくことで。
あのとき向坂くんが待っていたのは、私が生きている明日────?
「でも……ここまで来ても結局分からずじまいだ。どうしたらお前が死なずに済むのか」
欄干に載せた手をきつく握り締める向坂くん。
私は唇を噛み締めた。
「俺が殺さなきゃ、お前はありえねぇ死に方するか自殺しちまって。止めることも出来なかった」
私が鉄板の下敷きになって死んだ日、手を引いてくれていたのはきっと向坂くんだ。
迫り来る死から一緒に逃げようとしてくれた。
でも、駄目だった。
そのとき、逃げても無駄だと気が付いたのだろう。
「……ごめん」
小さく震える声で謝る。
「私が自殺してたのは……記憶を失わないためだったの」
「記憶を?」
「自殺すれば忘れずに済むことが分かって、それで」
「……俺に殺されたくねぇ、ってそういうことか」
向坂くんはどこか儚げに笑った。
お互いの思惑がずっとすれ違っていたのだ。
「でも、向坂くん。これは私が作り出したループじゃないよ」
彼は意外そうな表情で振り向く。
「だって私、今回は“やり直したい”って願ったこと、一度もない」
「じゃあ……」
彼の瞳が揺れた。
記憶をなくしているときのことは分からないけれど、ほぼ確信を持って言える。
このループを作り出したのは、やっぱり────。
「俺が、繰り返してたのか」
そうなのだと思う。
蒼くんの憶測通り、向坂くんがループさせていた。