「大丈夫……。ごめんね」

 曖昧に笑いながら言うが、蒼くんの表情は晴れなかった。
 それどころか、むっとしたように曇る。

「もう俺に謝んないで」

 真剣な瞳に私を映し、彼は言った。

 そっと伸ばした右手が私の頬に添えられる。

「一度頼ったからには、全体重かけて寄りかかってくれていいんだよ」

 思わぬ言葉に、私はただただその双眸を見返す他なかった。

 穏やかな風がそよぎ、記憶の中でスイートピーが淡く香る。

 何でなんだろう。ノスタルジックな気持ちが湧く。



「何か……理人みたい」

 つい、そう呟いてしまった。

 全然違うはずなのに。
 蒼くんの雰囲気や態度はどこか懐かしくて安心する。

(あ……)

 けれど、比較するなんて失礼だった。

 不快にさせてしまったかも、と咄嗟に自分の発言を悔いたが、彼は柔らかく微笑んだ。

「いいよ。じゃあ、俺を理人くんだと思って」

「え?」

「それなら甘えてくれるんでしょ。信じて頼ってくれるなら、その方がいい」

 頬に宿っていた温もりが消えたかと思うと、ぽん、と頭を撫でられた。

 本当に理人がしてくれたみたいにあたたかくて、感情が揺れる。

 思い知った。
 私がどれほど理人の存在に救われていたか、溺れていたか。

「嫌じゃ、ないの……?」

 窺うように尋ねる。

 私は結局、蒼くんを信じているのか、蒼くんを通して理人の幻影を求めているのか、分からなかった。

 彼の死を引きずっているのは確かで、その衝撃と悲しみから抜け出すには、あまりにも時間が足りなくて。

「嫌じゃないよ」

 蒼くんはそう即答した。

「理人くんって菜乃ちゃんにとって大事な人でしょ? そんな人と重ねて貰えるって、俺は嬉しいけど」

 そんなふうに言って貰えるなんて思わなかった。

 どこまで優しいのだろう。

 私の身勝手なわがままで振り回してしまうかもしれないのに。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 ふんわりと蒼くんは笑った。

 真っ暗な世界に閉じ込められていたところに、不思議と光が射し込んできたような気がする。

 まだまだ分からないことだらけだし、蒼くんのことも知らないことだらけだ。

 それでも、信じたい。

 彼の優しさは本物だと────。