ゆっくり、ゆっくり。
わたしは上履きからスニーカーに替えて、震える足を動かして校門まで進めた。
ただ、そこに近づくまでに見えない壁があって。
わたしをその場所にはぜったいに踏み込ませてくれない壁があって。
校門からつづく噴水場の脇、わたしは視線だけを向けて立ちすくむ。
「ごめんね、本当は4月に来る予定だったのに。遅れちゃって」
「…いいよ、会えたから」
「ふふ。相変わらずね、琥珀」
平均より高さのある女性を包み込んでしまえる、彼の身長。
それでも遠くからでも、慣れていないんだろうな…と思ってしまう。
ただ彼は女の子を抱きしめることもできたんだと、そんなこともするんだと。
わたしは何を見てるんだろうって、なにを見せられているんだろうって。
馬鹿みたいだね。
自分から足を進めて、自分から見に行ったくせに。
ぜんぶこうして食らってる。
「もう、またマスクなんかして。あなたはあなたなのよ?」
「…うん。わかってる」