「やっぱり咲耶は天才だ……」
感嘆の声をあげる陽橘。
期待の眼差しで人型を見ていた咲耶は、光が消えた瞬間、汚いものを見る顔になった。
召喚自体は成功した。
しかしこの召喚は、彼女にとって失敗だった。
「サクヤ、お姉ちゃんが来たよ」
美女とは程遠い、大柄で、筋骨隆々な女性。
顔にはそばかすが散っていて、農家のおばちゃんのイメージが近い。
コノハナサクヤヒメの姉ということだから、イワナガヒメかな。
「来ないで! アンタみたいな見るに耐えないブスが姉なんて恥ずかしい!」
「サクヤ………」
「アンタとアタシは赤の他人! どっか行ってよ!」
咲耶は言うなり、陽橘の胸に顔を埋めた。
弟君は大切そうに咲耶を抱きしめて、傷ついた顔をするイワナガヒメを睨みつけた。
イワナガヒメの気持ちはわかるよ。
当然。
この発言は、私にも刺さるところがあるから。
少しして、落ち込むイワナガヒメの肩を叩く男がいた。
「いい筋肉だな。どんなトレーニングしてるんだ?」
浄土寺常磐だ。
「え、………あの………」
「行くところがないなら、俺と一緒に来ないか?」
無遠慮にイワナガヒメの筋肉に触れ、褒める浄土寺常磐だが、彼女はそれを笑って受け入れていた。
筋肉だるま同士、仲良くなったらしい。
一方で、時々視界の端にちらつく銀の糸。
あまりに高速な剣戟に、他人が入る隙がない。
先輩は、無限の刃物を持つ雷地と刀一本で渡り合っていた。
「楽しぃねえ」
「この、戦闘狂がっ」
複数の剣を笑いながら振り回す雷地に対して、先輩は苦しそうだ。
多少の不運も力でねじ伏せられる。
それが雷地の強みだ。
だから、ツクヨミノミコトの力が効きにくい。
それでも加勢すべきか悩んでいると。
「ツクヨミ、ヨモギを頼む!」
「わかった」
先輩から指示が飛んだ。
ツクヨミと呼んだのは、この場で私を月海と呼べない、先輩の気遣いだ。
「マシロを取り戻すのは、お前だ。ヨモギ!」
「うんっ」
瞬間、先輩と雷地が炎に包まれた。
「ご主人様っ!」
「はははっ! 文化祭で僕をコケにしてくれた借りを返すよ」
「やったねハル君」
弟君の仕業か。
彼らに向けた人差し指を上から下に振り下ろす。
「ぐっ……」
「きゃぁっ!」
ふたりは床に沈んだ。
落とし穴に落ちたように、上半身だけが床上に出ているので、しばらく身動きも取れないだろう。
「行け!」
先輩の声が聞こえた。
剣戟の音は続いている。
急所は避けていそうだが、複数箇所から血を流す先輩に未練を残しながら。
振り切るように走り出すヨモギ君を追って、戦場の大広間を出た。
賭けの大将の首を狙って、正門へ向かう当主達の後ろ姿が見える。
ヨモギ君と私はそれを追わない。
賭けが何であろうと、なんやかんやで反故にされると相場が決まっている。
モノを手にした方が勝ち。
狙うはマシロ君のみ。