キスするのかというくらいに近づけた顔、その距離での睨み合いと、言い合い。
教室の一部で黄色い声があがる。
火宮陽橘の頬を両手で挟んだ咲耶が、自分の方に向かせてキスをする。
「ぅ……んっ…………」
それは、我々に見せつけるように長く、色気のあるものだった。
咲耶は唇を離すと、弟君の腕に腕を絡ませて、プリン頭君に挑戦的な上目遣いをする。
「ハル君はアタシのものだよ。それとも、アナタもアタシのハーレムに加わりたいの?」
咲耶は、彼が自身の支配下にくだると確信しているように、自信満々だ。
火宮家当主は不機嫌になった。
仕方がない。
次期当主の火宮陽橘は咲耶に骨抜きにされている。
咲耶を火宮家に迎えて戦力アップを狙ったのだろうが、咲耶に家を乗っ取られそうなのだから。
そのあたり、プリン頭君はわかっている。
「俺が君の下僕になるんじゃない。君が俺の下僕になるんだよ」
「………アナタ嫌い」
「奇遇だねー。俺も嫌いになっちゃった」
咲耶とプリン頭君ががんつけあう。
「アタシが誰か知らないの?」
「生意気なだけの女だろ」
「……ムカつく」
瞬間、咲耶から強大な神力が発される。
弱い生徒たちはそれに当てられてバタバタと倒れた。
「やっちゃえ!」
咲耶の声で、テーブルに飾られていた花が蔦や花びらを纏った美少女に姿を変え、四方からプリン頭君に襲いかかる。
それを最小限の動きで躱しながらプリン頭君は言う。
「生徒への許可のない術の使用は禁止されているんだぜ。知らないの?」
「アタシを怒らせたアナタが悪いの!」
「ちょっと陽橘ぃ。この女、どんな教育してんの?」
涼しい顔で笑いながら、側転などのアクロバットも交える。
「咲耶を怒らせる方が悪い」
「それ本気で言ってんの?」
「アタシ、コノハナサクヤヒメの生まれ変わりなのよ」
「だから何?」
プリン頭君がその場で一回転すると、アルラウネ達が一匹残らず切り刻まれた。
「なっ………!」
「この程度が生まれ変わりなんて、神も弱くなったな」
舞うのをやめたプリン頭君を守るように、剣が数本浮いている。
ツクヨミノミコトにより強化された眼によって、私にも認識できた。
彼は、数本の剣を召喚し、ミキサーのように周囲を回転させることでアルラウネを一掃したのだ。
「君じゃ俺に勝てないけど、やる?」
「このっ……!」
「咲耶やめるんだ! 悔しいけど、咲耶の攻撃はあいつに届かない」
「止めないでハル君! アタシまだやれるよ!」
「陽橘の言う通りだよ。その程度の力しかないのなら、まだ桃木野の方が勝負になるよ」
「雷地もやめてくれ。これ以上咲耶を傷つけるなら、僕が相手になる」
「陽橘が? 相性の有利をとってるくせに俺とギリギリ引き分ける陽橘が?」
「引き分けてない。僕が勝ってる」
「それは陽橘の勘違いだよ。甘く見積もっても俺の方が押してたね。特に最近は腑抜けちゃって……」
雷地と呼ばれたプリン頭君は咲耶に憐れみの目を向けた。
「こんな女と付き合ったせいなんだね。陽橘が弱くなったのは」
「んなっ!」
「雷地ィッ!」
教室の気温が一気に上昇する。
弟君の放った火炎放射から、雷地は剣を盾にする事で身を守る。
剣にぶつかって逸れた炎が火宮当主夫妻を襲う。
「ふんっ」
火宮当主が手のひらを向けると、そこから弟君ゆうに超える炎の塊が出現し、雷地に向かって放たれた。
「うわっ!」
意識の外からの一撃に、雷地は咄嗟に剣を追加で召喚し盾にするが、火宮当主の圧倒的火力の炎に飲み込まれた。
爆発したように炎が消えると、そこには焦げ跡だけが残されていた。
「どうだ、これが僕の力だ!」
「ハル君すごーい! あの失礼な奴やっつけちゃった!」
「まあね」
あの人達、親の力を借りておいて何を言ってるんだ。
先輩も同じことを思ったのか、ため息をついた。
瞬間、すぐ近くで声がした。