「うおおぉぉぉおおおぉぉぉぉ!」
野太い歓声が聞こえた。
先ほどの桃木野柚珠と違うのは、女子の歓声も混じっていることだ。
「行ってみるか」
先輩の提案に頷いた。
パイプ椅子の並べられた体育館。
中央には正方形のリング。
「おい! おい! おい! おい! おいーっ!」
掛け声と共に、裏拳をお見舞いする。
立派な胸筋でそれを受け止める。
攻守交代し、裏拳をお見舞いし、最後の一撃で倒れる。
「勝者! 浄土寺常磐(じょうどじときわ)ァー!」
審判の宣言に、リングの筋骨隆々な男が勝利の雄叫びをあげた。
「うおおおぉぉぉぉぉおおお!」
観客も叫ぶ。
倒れたものが運び出され、次の挑戦者がリングに上がる。
あんまり詳しくないけど、これ、プロレスだ。
リングの上で繰り広げられる空中戦。
筋肉だるまが縦横無尽に跳ね回る。
あれよあれよと勝ち続ける筋骨隆々な生徒を見る隣の先輩が、顔を歪めた。
「地であそこまで固いのかよ……」
「人間って、とても丈夫なんですねぇ」
「あいつが特別なだけだ……」
「先輩も、あれくらい出来そうですけど?」
「身体強化使えばな」
「…………」
あの人、生身なの……?
「うおおぉぉぉぉぉぉおおい!」
「わああぁぁぁぁぁあああ!」
彼の叫びに会場が呼応する。
「他に挑戦者はいるかァ! 飛び入り大歓迎だ!」
会場が戸惑いでいっぱいになる。
先程まで観客として楽しんでいたのに、自分に矛先が向くとは思うまい。
あんなの見せられといて、敵うとは思えない。
「はっはっはっ! そうかそうか。では、そこの黒仮面の者! 上がってこい!」
「……………」
「……ご指名ですよ、先輩」
「………勘弁してくれ」
「そう言いながら、リングへと向かう先輩好きですよ」
「うっせ」
観客の注目を浴びながら、リングへ上がる先輩は、筋骨隆々な生徒と対峙する。
「いくら黒仮面といえど、モヤシをいたぶるのは主義に反する。ハンデとして、武器の使用を許可しよう」
「いらねぇよ。とっととこい」
先輩がシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になる。
細身ながらも綺麗な筋肉のついた身体がさらされた。
「フッ……いいだろう」
観客が沸いた。
私は先輩に投げられたペンダントをキャッチし、胸の前で祈るように握りしめた。
目の前のリングでは、技をかけあう彼ら。
もう、踏み込みの音すら恐ろしい。
私の内で、ふたりが励ましてくれる。
大丈夫、先輩は死なない。
と。
私は、先輩の覚悟を見届けなければならない。
相手の土俵で真っ向からやりあう彼の姿を。
「フハハッ! 楽しい! 楽しいぞ!」
「ハッ……! そりゃよかったなっ……」
「いつまでも続けていたいところだが、そろそろ終わりにしなければ」
「御託はいい。話し合いに来たわけじゃないんだ」
先輩のドロップキックを受けてもびくともしない。
舞うような空中戦、大技を経て、互いに満身創痍のクライマックス。
観客もおおいに沸く。
歓声で体育館を揺らした。
総まとめのような連続技の末に、勝者が決まる。
「……っ! 勝者! 浄土寺常磐!」
「わあああぁぁぁぁあああ!」
倒れている先輩を、浄土寺常磐が引っ張り起こし、肩を抱く。
お互いに笑顔を見せており、いい勝負だった、と言ってそうだ。
「浄土寺ー!」
「サイコーだ!」
「仮面の人も良かったぞー!」
観客の拍手と歓声。
先輩を讃える声。
試合の感動か、先輩が無事であったことの安心か。
涙でてきた……。
先輩と浄土寺常磐が再度握手をかわす。
「楽しかったぞ。俺と対等に渡り合える人はそういない! モヤシ扱いして悪かったな」
「かの有名な浄土寺様とこのような機会をいただけて光栄です」
「見所のある男だ。所属が決まってないならうちに来ないか?」
「お誘いいただけてありがたく存じますが、なにぶん複雑な立場にいるもので……。お気持ちだけで」
「そうか………。だが、うちの権力もなかなかのものだ。何かあればうちに来い」
「感謝します。……それでは、俺はこれで。連れがいますから」
「おう! 文化祭楽しんでこい!」
先輩は、浄土寺常磐と観客に向けて一礼してから、リングを降りた。
脱ぎ捨てたシャツをまとった先輩に駆け寄る。
「先輩っ!」
「悪かったな、心配させて……」
「信じてましたから」
口角を上げて見せる。
仮面のお陰で涙目なのはバレてない。
「そうかよ」
先輩は、私の捧げ持ったペンダントを首にかけた。