「ん」



「……なんですか?」



「何があるかわからないから、掴んどけ」



「…………」



俯く私の目の前に出された先輩の手を握った。



「いってらっしゃーい」



受付の人に見送られ、先輩に手を引かれるまま、暖簾の奥に入った。



「すごっ………」



目の前に広がるのは、夜の森。

虫が鳴き、鳥が羽ばたく。

張り付くような森の香り。

室内とは思えないほどやけにリアルだ。

左右は生い茂った草。

私達は月光に照らされた土の道をそのまま辿る。

青白い火の玉が時々浮かぶ。



「なんか、ぞくぞくする………」



「幻術だな。それもこんな広範囲。かなりの術師だ」



人気が出るのも頷ける。

こんなの、一般の学校じゃ作れない。

森を抜けると、寺があった。

だが、様子がおかしい。

怒号と悲鳴、金属のぶつかる音。

討ち入りだ。

血まみれの人影が数人、寺を出て暗い森へ消える。

やがて寺は火に包まれた。



「行こう、次の場面だ」



目を離せないでいると、先輩に手を引かれた。

青い火の玉の先導で着いたのは、お札のたくさん貼られた座敷牢。

囚われているのは、闇に映える白銀の、狐耳と尻尾の生えた綺麗な女性だった。

男に罵声を浴びせられ、鞭で打たれ。

気を失っても、水をかけられ、また鞭で打たれる。

それでも彼女は声を上げない。

私はただ、彼女の男を睨む眼に惹きつけられた。

捕らえられ、抵抗を封じられても屈していない。

その眼が気に食わない男に、より強く顔面を叩かれようと、決してやめない。

手を繋ぐ先輩の力が強くなる。



「………なんか、ヨモギを痛めつけられてるようで、ムカついてきた」



「………同感」



幻術とはわかっていても、この男をぶん殴りたい。



「次に行こう、胸糞悪い」



「うん………」



後ろ髪をひかれながら出た大きな屋敷の表札には『神水流』とあった。


森を抜けて、建物の中に入る。

幻術の効果範囲から抜けた感覚がした。


ここからは、学生らしい手作り感がでてくる。

古びた井戸から髪の長い女が這い出てきたり、雪女の吹雪を受けたりと、お化け屋敷らしい事が続く。

出だしほどのリアリティもなくなり、担当が変わったのかなとぼんやり思った。

文化祭だもの。

当番もあるだろうし、お化け屋敷全てを常時囲めるほどの幻術使いはいないのだろう。

建物を抜けると、また雰囲気が変わる。

死霊の気配が強まった。

月は雲に隠れ、人魂だけが光源のここは。



「墓地…………」



死霊術師の領域に相応しいではないか。

私は先輩に気持ち身を寄せ、警戒しながら進んでいく。



「はっ、怖いのかよ」



「うるさい。もとよりホラー系苦手なんですよ……」



隣でくつくつ笑われる。

腹立って、足を踏んでやろうとしたが、華麗なステップで躱された。

それでも諦めずに踏もうとし続けていたら、急に視界が明るくなった。



「おつかれさまでしたー」



校舎に出て係の生徒に言われ、お化け屋敷が終わった事を知る。

最後、怖がる余地もなかった。

適当に廊下を歩いていると、先輩がつぶやく。



「襲って来なかったな」



「そうですね」



「お前、何もやってないよな?」



「向こうが勝手に怯えてただけだよぉ」



ツクヨミノミコトが答えた。

ありがとう、お陰で悲鳴をあげて笑われずに済みました。



「俺では反撃できなかったから、助かったよ」



「先輩、規則を破って消し飛ばしちまいそうですもんねぇ」



私達はすっきりしない気持ちを抱えて、校内を歩いた。