「思い出せない私が悪いんです。何か思い出せるかなって思って自分の部屋とか見てみたんですけど、全然思い出せなくて。携帯電話も見られないし」

「携帯電話?」

「パスワードがかかっていて開かないんです。きっとそこに私の思い出が詰まっているんじゃないかなって期待してるんですけど」

「でもデータならクラウドに保存されてるはずですよ」

「IDもパスワードもわからないの。自分の誕生日かなって思ったけど違ってて」

両親の誕生日も試してみたけれど違っていた。自分がどんなパスワードを設定したのか、見当もつかない。

「案外、水瀬さんの誕生日だったりして」

ボソリと結子が呟く。
すると遥人も大きく頷いた。

「ありえる。矢田さん、そういうことしそうですもんね」

結子と遥人は何を知っているのだろう。陽茉莉の知りたい「水瀬亮平」について、情報が得られるだろうか。聞いてもいいだろうか。ぐっとこぶしを握った。

「あの、実は家に水瀬さんの名刺があって。私とどんな関係があったんだろうって気になってるんです。お二人とも水瀬さんのこと知ってるんですか?」

思わず前のめりになってしまう。
まわりは覚えているのに自分だけ忘れてしまった記憶。ずっと頭の中をモヤモヤして少しも霧が晴れない。少しで良いから知りたい。取り戻したい。だって自分の記憶だから。

「水瀬さんから連絡ないって言ってたわよね?」

「はい」

結子と遥人は顔を見合わせる。
二人が恋人だったと、伝えても良いものなのかよくわからない。陽茉莉は知りたいというけれど、肝心の亮平が何も連絡をしていないのならば、もしかしたら伝えてはいけないのかもしれないなどと余計な気を回してしまう。

遥人はムカムカとした気持ちが止められなかった。以前、亮平のことを話す陽茉莉はとても幸せそうに笑っていた。遥人は亮平がレトワールを訪れたときのことをよく覚えている。交わした握手は力強く、牽制されたのだ。それほどまでに亮平は陽茉莉のことを好きだと思っていたのに。

「マジふざけてますね。知らなくて良いですよ、そんなやつ」

自分だったらどうするだろう。陽茉莉のことが好きならば、思い出してもらえるように努力するだろうか。もう一度好きになってもらうようにアプローチするだろうか。

少なくとも、なにもしないなんてことはない。
きっと。