父がまたコホンと咳払いをする。

「陽茉莉さん、亮平は君に苦労をかけていないかい?」

緩んでいた空気がまた急にぴんと張り詰めた気がした。
だが、亮平の父に問われた陽茉莉はその空気を打ち消すかのようにふわっと笑う。

「全然何も。亮平さんと一緒にいるととっても楽しくて幸せです」

ニコニコと笑う陽茉莉からはお世辞だとか偽りだとかは感じられない。だからこそ亮平も素直に言葉が出てくるのだろうか。

「……俺もそうだな。陽茉莉といると楽しくてしょうがない」

柔らかい視線を陽茉莉に送る亮平を見て、両親は信じられない気持ちだった。

今まで亮平から彼女を紹介されたことはない。けれどそういう人がいたことは薄々知っていたし、母に至っては今回のように直接亮平に聞いたこともある。

それに、最近長谷川からも亮平の変化について報告を受けていた。『亮平坊ちゃまはよく笑うようになった』と。

それについて信じなかったわけじゃない。想像ができなかっただけなのだ。だから、今日ほど幸せそうに笑う我が子を見るのは初めてで、感慨深くなる。

「ぐすすっ……」

「お、お母様?」

再び泣き始めた母に陽茉莉は慌てて駆け寄る。そうっと差し出したハンカチは心をあたたかくする。

そうか、この子はこんな風に自然体で気遣いができる子なんだ。だから亮平も好きになったのだろう。

そう思うと、余計に涙が込み上げる。

「ううっ……亮平と仲良くしてくれてありがとう、陽茉莉ちゃん」

もう大人の亮平に対してこんな子ども扱いするような言葉は不適切だっただろうか。それでも親にとってみたら子どもは何歳になっても子どもだから――。

陽茉莉はニッコリと笑う。
まるで向日葵が咲いたかのように。

「はい! 亮平さんはとっても優しいです。私、大好きです」

恥ずかしげもなくそう告げる陽茉莉に、水瀬家の面々が心を鷲掴みにされたことは言うまでもなかった。