「さっきは突然泣いてしまってごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です。その……私が何かしてしまったのでは……?」

恐る恐る訊ねると、代わりに亮平が口を出す。

「違うよ、陽茉莉」

そっと陽茉莉の手に亮平の手が重ねられる。安心させるように、陽茉莉の手の甲を優しく撫でた。

亮平に触れられるだけで緊張が少しばかりほぐれるようで、陽茉莉は顔を上げて亮平を見た。

「どうやらうちの両親は感動しているらしいんだ」

「感動……ですか?」

こてんと首を傾げる陽茉莉に母は大きく頷く。

「そうなのよ。だってまさか亮平から紹介したい人がいるって言われるなんて思ってもみなくて」

「よく言うよ。紹介しろって電話してきたくせに」

「だってこんな素直な亮平を見るのはいつぶりかしら。ね、お父さん」

「その、なんだ。陽茉莉さん、ゆっくりしていきなさい」

コホンと咳払いする父。

一見ぎこちないような家族。そんな中でも複雑にそれぞれの想いがどこかで結ばっていることを彷彿とさせる水瀬家の面々に、陽茉莉はふふっと微笑む。

「お口に合うかわかりませんが、こちらは私が働いているレトワールのお菓子です。ぜひ召し上がってください」

「まあ、ご丁寧にありがとう。お父さん甘いもの大好きだものね、いただきましょう。陽茉莉さんは珈琲がいいかしら、紅茶がいいかしら?」

「あ、すみません。ありがとうございます」

亮平の母のペースに乗せられて、テーブルの上はあれよあれよという間にティーセットが用意される。もちろん準備するのは水瀬家のお手伝いさんなのだが、その手際の良さに陽茉莉はポカンと見ているだけだ。

「……お手伝いさんがいる」

ぼそっと呟く陽茉莉に亮平が「うん?」と首を傾げる。ぱちくりとしたまま亮平を見やる陽茉莉は、真剣な顔で「やっぱり亮平さんはお坊ちゃま?」と尋ねたものだから、亮平は思わずぷはっと吹き出した。

「何を言い出すの。ははっ」

「だっ、だって……」

くすくすと肩を揺らす亮平の姿に驚いたのは陽茉莉ではなく亮平の両親だ。亮平が両親の前で笑うなんて何年ぶりのことだろう。

事故にあってから心を閉ざし気味だった亮平。
亮平のための家は、追い出されたと受け取った亮平にとって両親との確執や距離を生むことになった。だから亮平が両親の前で笑うなど、久しくなかったのだ。特に父親の前では。