亮平に連絡をしようと思っていたのに、気づけばレトワールの閉店時間。ちょうど陽茉莉が更衣室に入ったタイミングで亮平から電話がかかってきて、陽茉莉は目を丸くする。

携帯の画面に映し出された【水瀬亮平】と言う文字。それを見ただけで頬が緩んでいる自分はなんて幸せなのだろうと陽茉莉はふふふと笑った。

「もしもし、亮平さん?」

『陽茉莉、仕事終わった?』

「うん、ちょうど今終わったところ」

『じゃあ一緒に帰らないか?』

「うん! 帰る!」

元気よく返事をすればくすりと笑う気配があり、それだけで陽茉莉は心が弾むくらい嬉しくなった。

どうやら今日は亮平の方が早く会社を出られるらしく、レトワールの前で待ち合わせをする。陽茉莉が着替えて店の前に出る頃には、もうすぐそこに亮平の姿が見えた。

春になり気候も暖かく、外を歩くのにちょうどいい。終わりかけの桜からは緩やかな風に乗って花びらが舞い降りる。そんな光景を眺めながら、手を繋いでゆっくりと歩いた。

「店長が利き手をケガしててね、とっても不便だし、かといって人にあれこれやってもらうのも申し訳ないって言ってて、どこまでお手伝いしたらいいのかわからなかったの」

「それは大変だろうな」

「亮平さんも不便なことあると思うけど、人に手を出されるのは嫌?」

「うーん、どうかな。親切に声かけてもらってるし、別に嫌ではないけど」

「ないけど?」

「まあ、たまに自分でできることでも世話を焼いてくれる人には別にそこまでしてもらわなくても……と思ってしまうこともある」

「なるほどねぇ」

人の気持ちは難しいなぁなどと陽茉莉はブツブツ呟く。

そうやって相手を思い遣れる陽茉莉だからこそ、一緒にいて心地良いのだろうなと、亮平はひとり微笑んだ。

「そんなに悩まなくてもいいと思うけど。俺は陽茉莉には何されても嬉しさしか感じないし」

「ほんと?」

「うん。それくらい陽茉莉のことが好きだから」

一瞬、息をするのを忘れた。

陽茉莉の目に映る亮平はとてもきれいに微笑んでいて、夜の闇が深くてもそれさえも霞んでしまうほど魅力的だ。体の奥から熱が込みあがり胸をきゅんきゅんと締めつける。自然と頬も熱くなるようだ。

「もー、亮平さんったら反則だよ」

照れてしまった顔を隠そうにも、右手は亮平と手を繋ぎ左手には自分のカバンを持っている。どうにもならない状況にジタバタと内心大騒ぎするしかない。

「それでね、陽茉莉」

亮平は繋いでいる手をくっと握り直す。
ふっ、と亮平に視線を合わす陽茉莉は月明かりに揺れてとても美しい。