「陽茉莉は俺が社長だからこの家を建てたと思っているのかもしれないけど、実は違うんだ」

「そうなの?」

「うん。この家はさ、俺が車椅子になったから親が建てた。実家を改造するより建てた方が早いとか言って」

「すごいっ」

陽茉莉は素直に感心したのだが、亮平はふと顔を曇らす。

事故に遭い車椅子を余儀なくされたとき、亮平は大学生だった。

父親は水瀬グループを率いるトップの代表取締役。
仕事人間で家庭を顧みない、それゆえ普段亮平との会話も少ない。それなのに成績に関してだけは人一倍厳しく、亮平を水瀬グループの跡継ぎに育て上げようとしていた。

そんな父に反発するように、亮平はまったく関係のない企業に就職が決まっていたのだが、事故のせいで辞退を余儀なくされた。

働くことよりもまずはリハビリをして体を治すことから始まった亮平の車椅子生活。決して順風満帆ではない。

『一人で生きていけるようにしろ』

そう冷たくこの家に放り込まれた亮平は、長谷川に助けられながら一人で何でもできるように努力を重ねた。

しかも反発していた水瀬グループに勝手に就職させられ、結局父親の思うがまま働くことになったのだ。

反発したかった。
こんなところ辞めてやると思った。

けれど、縁故で入社できたと思われるのもシャクだった。父親が代表取締役だから就職できたと思われるのは悔しい。

自分の実力を見せつけてやる。

そんな反骨精神で歩んできた数年間。
亮平は自らの実力で水瀬グループの傘下である水瀬データファイナンスの代表取締役に就任したのである。

母親は様子を見にたまに訪ねてくるが、父親は一切来ない。それが腹立たしいし、かといって来られても気分はよくない。自分でも矛盾していると思ってはいるが、感情の置き所をどうしたいのか自分の中で結論は出ていない。父親と仕事以外の会話は今でもないからだ。

ふわっと甘い香りがした。

「陽茉莉?」

陽茉莉は亮平を抱え込むようにして優しく抱きしめる。

「……亮平さんが悲しそうだったから」

「そうかな?」

「そうだよ」

優しく背中を擦られる、その手がとてもあたたかい。
亮平も手を伸ばす。
陽茉莉の腰をぐっと引き寄せれば、陽茉莉は亮平の膝にちょこんと座った。

密着度が増すとしっとりとした空気になる。
何かを期待させるような、そんな甘さを含んだ瞳に吸い込まれそうになり、どちらからともなく唇を寄せた。