ずっと、そばにいるよ2

〜集中治療室にて〜
まだ華は眠っていた。

酸素投与していても、SpO295〜96%前後で、まだまだ酸素は外せない。

熱も39度から下がらない。

航也は、もう勤務時間が過ぎ帰れるのだが、華も美優も不安定な状態のため、仮眠室に泊まることにした。

「今日は泊まるから、目が覚めたら連絡よろしく」

「わかりました」

集中治療室の看護師にお願いをして、美優の病室に向かう。



〜美優〜
時刻は18時前。そろそろ夕飯が運ばれてくる時間。

呼吸器内科病棟に入ると、廊下からナースステーションの中を覗くパジャマ姿の女の子を見つける。

(ん?美優…か?)

ナースステーション内には誰もおらず、夜勤の看護師は業務で出払っているのだろう。

「美優?なに覗いてるの?不審者かよ(笑)」

「あっ、航也。華…入院したって聞いたから心配で…」

「聞いたの?」

「うん、看護師さんから…華は?大丈夫なの?」

「うん、美優にもちゃんと話そうと思ってたから、病室で待ってて?夕飯食ったか?」

「まだ…華が心配で…ご飯どころじゃないよ」

「ハハ、お前がご飯食べないことの理由にはならないだろ(笑)」

航也は美優の頭に手をおいて、目線を合わせて答える。

「俺、患者さんのカルテ確認してから美優の部屋に行くから、それまで夕飯食べて待ってな」

渋々病室に戻っていく美優の後ろ姿を見つめる。


(アイツまた痩せたな…栄養剤考えないとな…)


病棟患者のカルテを確認していく。

最後に、美優のカルテに目を通す。

(ん?下痢?あいつ下痢してんのか…)

ナースステーションに戻ってきた看護師に尋ねる。

「忙しい時ごめんね。美優って下痢してるの?」

「すみません、報告がまだでした。夕方トイレからなかなか出て来なかったので、聞いたら下痢だったと言っていました。腹痛はないみたいです」

「そっか、ありがと。昼食は3割か…やっぱり食えてないな…」

病室に向うと、一応夕飯を食べている美優。しかし、全然減ってない。

「美優?食欲また落ちてるな。どれ、お腹は痛くない?」

前の食欲不振は薬の影響だったが、今はそれはないはず。

「う〜ん、わかんない」

「ご飯中悪いけど、うんちは?今日出た?」

航也は看護師から聞いたとはあえて言わない。

「うーん…」

「美優?ちゃんと俺に教えて?」

「…緩かった…」

「どんなくらい?少し柔らかめくらい?」

「うぅん、水みたいな…少し赤黒かった…」

「ん?赤黒かった?」

「でも、すぐ流しちゃったからわかんない…見間違いかも」

(おい、おい…次から次へと、心配なキーワード出してきてくれるな…)

「美優、よくお話聞いて?今度うんち出たら、流さないでナースコール押して。いい?」

美優は頷く。

「さてと、診察しちゃおう。夕飯は食べれる所まででいいよ。無理すると吐くからな」

熱は微熱まで下がってきていて、呼吸状態も落ち着いている。

食欲低下と赤黒い下痢が気がかり…。美優の気のせいであってもらいたい。

「ねぇ、航也?」

美優が話し出す。

「ん?」

「今日は病院に泊まるの?」

「うん、そのつもり。華もまだ心配だからな」

「そっか。華早く元気になるといいな…」

「なんかあった?」

「うぅん、私のことも、華のことも、他の患者さんのことも…航也大変だなって…私のことより、華とか他の患者さんのこと診てあげてね」

「急にどうした?俺は大変だなんて思ってないよ。みんな俺の大事な患者さんだから、患者さんのために何が出来るか、どうしたら楽になるか考えるのは俺の仕事だからね。美優が変な遠慮して本当のこと言わない方が大変だな(笑)」

「そっか…」

(美優のことだから、俺を気にして言いたいこと我慢して、遠慮してなきゃいいけど…)

しばらく美優の部屋で過ごしているとピッチが鳴った。

集中治療室からで、華の意識が戻ったという連絡だった。

「美優、華が目覚ましたみたいだから行ってくるね。また来るけど、消灯になったらちゃんと寝ろよ?」

「わかった。行ってらっしゃい」
〜集中治療室にて〜
華のベッドのカーテンを開けると翔太が華に付き添っていた。

「翔太、帰らなかったの?」

「いや、華の顔見て帰ろうと思ったら長居しちゃった。華目覚めたからよかった」

「そうだな。華?わかる?」

華が頷く。

「ちょっと胸の音聞かせて?」

航也は華に付けられたモニターの値を見ながら、聴診器で胸の音を聞く。

「華まだ苦しいからマスクはしたままでお願いね。少し話聞ける?」

華が頷くのを確認して病状を説明する。

「課外授業の後から熱が出たんだよね?たぶん疲れとかもあって、風邪が悪化して肺炎を起こしたと思うんだ。この状況が続けば危なかったけど、翔太が見つけてくれて救急車で運ばれたんだよ。
また油断はできないけど、とりあえず意識が戻ったから、一山超えられたかな。まだ熱も高いし、呼吸も苦しいから、しばらく入院な。あと1日か2日、ここの集中治療室で様子見させて。回復してきたら、美優と同じ呼吸器内科の病棟に移ろうね。いい?」

華は自分の置かれている状況と、ここまで体調が悪くなったことが初めてで、不安と戸惑いで、涙があふれる。

「華、大丈夫だよ。俺も航也もそばにいるから」

翔太の言葉に頷く華。

「急に言われてびっくりしたよね。泣くと苦しくなるから、ゆっくり深呼吸だよ」

泣いたせいで酸素濃度が低下してアラームが鳴り始める。

「華?大丈夫だよ、ゆっくり深呼吸してて」

「鳴海先生、酸素流量上げますか?」

看護師が駆け寄ってきて尋ねる。

「うん、5リットルに上げて」

「ごめんなさい…迷惑…かけて…ハァ、ハァ」

「華?謝らなくて大丈夫だよ、みんないるから。ゆっくりだよ。吸ってー吐いてー。そう上手」

呼吸状態は何とか落ち着き、泣き疲れて、華はまた深い眠りについた。

その日は消灯時間まで翔太が付き添っていた。

それからは、寝たり起きたりを繰り返し、2日目にようやく熱が下がり始め、集中治療室を出ることができた。
集中治療室から出た華は、呼吸器内科病棟に移ってくることになった。

ナースステーションでは、華の部屋について協議し、美優と華を2人部屋に一緒にすることにした。

1人部屋や知らない人との大部屋だと、なかなか人と会話をしないまま1日が過ぎていく。

誰かと会話したり、笑ったりすることは肺を回復させるために良いことで、華の肺炎を良くすること、美優の呼吸機能を上げること、それぞれに利点がある。

ただし2人部屋にして、はしゃぎ過ぎないかだけが心配(笑)


「美優?これから部屋移動するよ。華と一緒にしてあげる」

「え?!本当に?いいの??」

わかりやすいぐらいに美優の顔色が明るくなる(笑)

「ただし、華はまだ万全じゃないから、あんまりはしゃぎ過ぎて疲れさせんなよ。あと、美優もまだまだ体調良くないんだからな、夜更かししないでちゃんと消灯時間守れよ!」

「そんなこと言われなくてもわかってるよ!子供じゃないんだから」

「言わなきゃわかんないから言ってんの。お前は十分子供だろーが(笑)」

拗ねる美優をからかいながら移動の準備をする。

「そうだ、あれからお腹の具合は?そう言えば看護師から何も報告なかったな」

「あれから、うんち出てないよ」

「そっか。出たら教えろよ?食欲は?」

「食欲は普通だよ」

「普通ってなんだよ…全く危機感のないやつだな…」

美優とそんな会話をして、部屋を移動する。

しばらくすると看護師に連れられて車椅子に乗った華が来る。

「華!」

「美優久しぶり。今日からお願いね」

「入院中のことは何でも聞いて!」

「フフ、はい、美優先輩」

美優と華の笑顔を見て、航也も笑顔がこぼれる。

「美優、あんま調子乗んなよ(笑)2人とも大人しくしててな。また来るから」

航也は仕事に戻り、久しぶりに会えた2人は辛くならない程度におしゃべりを楽しんだ。


看護師さんが夕飯を運んでくれた。

「華ちゃん、久しぶりね。今日からよろしくね」

「はい、お願いします」

華は何度も美優のお見舞いに来てるから、看護師さんともすっかり顔見知りになっている。

「2人とも無理しなくていいからね、ゆっくり食べててね」

「はーい」
「はーい」

「1人で食べるより美味しいね」

「そうだね。美優は個室の事が多かったから1人で食べることも多かったね。美優の気持ちが少しわかったよ」

「そうでしょ?寂しいのわかってくれた?」

「アハハハ」

2人の笑い声が聞こえる。


それから3日間経ち、華の酸素は外れ、どんどん回復している。レントゲンの肺炎像も徐々に白さが改善して、あともう一息って所まで来た。
点滴も終了して、炎症を抑える内服薬に切り替えることになった。

美優はというと、相変わらず食欲が湧かないようだ…

「美優、また食欲落ちたんじゃない?」

心配した華が尋ねる。

「うん、食べるとすぐお腹いっぱいになっちゃうの。あと食べると胃がなんかムカムカするっていうか、キリキリするから…」

「航也に言ってあるの?」

「いや、航也毎日忙しいから、これくらい大丈夫だよ」

「そっか。でも無理しちゃだめだよ」

「そんな華こそ、無理しないでね」

ゆっくり昼食を食べて、華は完食して、美優は3分の2くらい食べて終わりにした。

「華の分も片付けてくるよ」

「大丈夫?ありがとう」

「このくらい大丈夫!」

航也がナースステーションでパソコンを打っていると、2つお盆を持った美優が配膳車に返しに来た。

落とさないように真剣な顔してゆっくり歩いてくる。

(全く、一気に2つも持って…落とすなよ)

航也は美優が戻ったのを確認して、配膳車に返された美優のお盆を確認に行く。

(やっぱり食べれないか…栄養の点滴するかな…)

午後の外来前に2人の病室に向かう。

「さぁ、2人ともちょっと診察するよ。まずは華からね」

「はーい」
華が返事をして、ゆっくり胸の音を聞く。

「ん、いいよ。まだキレイな音とは言えないけど、昨日よりは良くなってるよ。次、美優ね」

「ん、いいよ。呼吸は大丈夫だな。美優お腹は?」

「大丈夫だよ」

「食事が取れてないだろ?低栄養になっちゃうから点滴させてね。後で看護師さん来てやってもらうから。じゃあ、何かあったら2人ともナースコールしてね」

航也が出て行ってから美優は大きなため息をつく。

「はぁ〜せっかく点滴が外れたと思ったのに…まただよ…」

「でも美優が栄養取れなくて、また体調崩す方が大変だよ?」

「うん…」

美優は胃の辺りをさすりながら返事をする。

「胃が痛いの?」

「あっ、ううん。何でもない」

その後看護師が来て、美優に点滴を刺す。

「美優ちゃん、お腹痛いとか気持ち悪いとかはない?」

「うん、大丈夫。何ともないよ」

美優の返事を聞き看護師は出て行った。

しばらくして翔太がやってきた。

美優のベッドサイド授業のため。

「あっ、翔太!」

翔太の姿を見て華の表情がほころぶ。

「2人とも大人しくしてるか?」

「うん」
「もちろん」

「華も良くなってきてるみたいでよかったな。美優はご飯あまり食べられてないんだって?」

「うん、だからコレしないとなんだって」

点滴を指さして答える。

「そっか。低栄養になったら困るからね。それにしても何で食欲落ちてるのかね…航也も薬の影響じゃないって言ってたしな。ちょっとでもおかしいと思ったらちゃんと言うんだよ?」

「うん」

「よし。今日は数学をやろうかな、はいコレね」

翔太は美優と華のテーブルに数学のプリントを差し出す。

「え?私も?」

キョトンとした華が尋ねる。

「華もやることなくて暇だろ?航也が2週間くらいの入院って言ってたから、その間に勉強遅れたら困るだろ、受験生なんだから」

「でも入院してる間くらいはさ…それに筆記用具もないし…」

「俺の貸してやるから、つべこべ言ってないで早くやる!」

「も〜スパルタなんだから〜」

2人のやり取りをみてクスクス笑う美優。

「ほら、美優も笑ってないでやりなさい!わからないとこあったら聞いてな」

2人がプリントに取り掛かってる間、翔太は椅子に座って本を読んでいる。

酸素も外れて熱も下がった華は元気になってきているが、美優の顔色は冴えなくて、若干白っぽい。

しばらく様子を見ていた翔太だったが、やっぱり顔色が悪い美優が心配になり、声を掛ける。

「美優?大丈夫?」

「う〜ん…大丈夫」

(その間が気になるな…)

「息は?苦しくない?」

「大丈夫」

「気持ち悪くない?」

「…うん…」

(気持ち悪いのか…?)

華も心配そうに美優を見つめる。

「美優?ちゃんと正直に言わないとだめだよ、どした?」

下を向く美優に翔太が話し掛ける。

美優の目からは涙が溢れている。

「ちょっ、美優急にどした?何かあったか?」
「美優…どうしたの?」

美優の涙に2人が驚いている。

「うぅん、良くわからない…航也も看護師さんもみんな忙しいから…色々言ったらみんなの仕事増やしちゃうし…だから…言えない…」

美優の言葉に翔太はハッとする。

美優は自分のことを言わないんじゃない、言いたくても言えなかったのかもしれない…

言わなきゃダメだと頭ごなしに叱って…間違えだったと気付いた。

「そっか、そっか。周りが忙しくしてると、言いたいことも言えないよね。当たり前だよな。ごめんな…」

「泣いちゃって…ごめんね…ハァ、ハァ」

「苦しくなるからゆっくり深呼吸しよ。もう大丈夫だから」

「美優の気持ちわかるよ。私も集中治療室にいた時、看護師さんが忙しく動き回ってたから…言いたいことあっても言えなかったもん…。でも美優…私達や航也の前では遠慮しないで、美優に頼ってもらいたいよ…」

「うん…グスン、ありがと…グスン」
〜翔太と航也〜
美優と華の病室を出てから、翔太は航也がいる医局に顔を出す。

「航也?今ちょっといいか?」

「おぅ、翔太か。大丈夫だよ。コーヒーでも飲むか?」

「ありがと」

航也はコーヒーメーカーのスイッチを入れコーヒーを淹れる。

「はい、どうぞ」

「サンキュ。美優のことなんだけど、さっき病室で授業してきたんだけど、顔色が悪くてさ、本人は大丈夫って言うんだけど。正直に言わないとダメだって言ったら泣いちゃってさ。自分でも何で泣いてるのかわからないけど、みんなが忙しそうにしてるから、言えなかったって…。美優の性格的に周りに気を遣って、自分の不安とか症状を口に出せなかったんだろうなって思ってさ。言わなきゃダメって頭ごなしに叱って、美優の気持ち考えたらそうだよな、かわいそうなことしちまったなって思ってさ。華も入院して美優の気持ちわかるって…」

「そうか…俺も気にはしてたんだけどさ。最近食欲も落ちてるし、早く原因突き止めなきゃって思ってたんだけど、あいつが症状言わなくてわからなくてな…確かに本人からの訴えはめっきり減ってた感じするわ…教えてくれてありがとな」

「美優いつも笑顔でいるからつい大丈夫だろうって思いがちだけど、俺らが思ってる以上に精神的に思い詰められてたのかもな…」

「そうだな、長期入院だし…実際は全然大丈夫なんかじゃなかったってことだよな…」

翔太と航也が医局でそんな話をしている時だった。

〜病室にて〜
「ちょっとトイレ行ってくるね」

「うん、気を付けてね」

美優が点滴台を転がしながらトイレに向かった。

15分くらいして看護師が病室に来る。

「華ちゃん、あれ?美優ちゃんは?」

「15分くらい前にトイレに行くって言って出て行ったきりなんです」

華もさすがに心配になり、看護師と一緒に病棟のトイレに見に向かった。

看護師がトイレの扉を開けると、洗面台の前にうずくまる美優の姿があった。

洗面台を見ると真っ赤な血が付いている。

「美優ちゃん!どうしたの?!」

美優の口元には血が付いていて、吐血しているのだとわかった。

「華ちゃん、美優ちゃんの側にいてくれる?誰か呼んでくるから」

看護師は慌てた様子でナースステーションに走っていく。

「美優!美優!しっかりして!お腹痛いの?」

美優は顔をしかめて胃の辺りを手で抑えている。

「はな…オェ、ハァ、ハァ、オェェ」

量は多くないが、えづく度に血を吐いている。

ストレッチャーを押した看護師が数名走って来て、廊下の向こうから、連絡を受けた航也と翔太が勢いよく走ってくるのが見える。

「美優!とりあえずストレッチャーに移すよ。状況教えて!」

「はい!15分前にトイレに行ったっきり戻って来なくて、来てみたら、洗面台の前でうずくまってました。洗面台で吐血したようです」

航也はすかさず洗面台をのぞく。

「だいぶ吐血してんな、すぐ内視鏡室に運ぶよ!」

航也は看護師とストレッチャーを押しながら、ピッチで消化器内科のドクターに応援を頼む。

ストレッチャーで移動している間にも吐血を繰り返している。

「美優もう少しだよ、わかる?気持ち悪いな…」

しばらくすると消化器内科のドクターが到着し、内視鏡検査の準備を進めている間に、看護師がバイタルを測定する。

「鳴海先生!血圧が70台です」

「急いで昇圧剤と輸血お願い!」

美優は辛そうに横を向いて胃の辺りを抑えながら体を縮こませている。

「美優、ここが痛いの?」

航也は美優が手で抑えている場所を軽く押すと、

「うゔぅ〜、いたい…オェ」

痛がり、冷や汗を大量にかいている。

それを見ていた消化器内科の先生が美優に声を掛ける。

「美優ちゃん、これからお口から管を入れて胃の中を検査するからね、ちょっと辛いけど頑張るよ」

緊急を要する状況のため、美優の返事を待たずに検査を始める。

「まずお口の中にシュッて麻酔掛けるよ、あーんしてね」

美優は言う通りにしてくれる。

「良い子だね、次はちょっと太い管が入るからねー、ちょっと我慢だよー」

そう言いながら胃カメラを進めていく。

美優は涙を流して耐えているが、苦しいのかモゾモゾ動く。
航也は美優の体を抑えながら、
映し出される映像を一緒に確認する。

「ん〜食道は異常ないね…次は胃の中は…ん〜、あっこれだね、ここから出血してる。でもこれ…少し前に出来たやつがすこーしずつじわじわ出血してて、今回一気に出血した感じだね。これまでに何か症状訴え無かった?」

「そうですね、赤黒い下痢が出たと言っていた時が5日前にありましたけど、それ以降は特に…」

「きっとその頃からじわじわと出血始まってたんだね。この様子だとずっと胃が痛かったんじゃないかな?だいぶ出血してるから止血の処置このまましちゃうね」

「はい、お願いします」

消化器内科の先生とそんなやり取りを交わし、止血処置をしてもらったおかげで出血は治まった。

今後は消化器内科の先生にも落ち着くまで経過を見てもらうことになった。
美優はストレス性の胃潰瘍との診断が下り、3日間絶食の指示が出て、点滴で栄養を取っている。

航也が点滴の確認をしていると美優の目が覚める。

「美優、起きたか?」

目覚めた瞬間、顔をしかめて胃の辺りを抑えている。

「美優、痛いの?」

「…ちょっとだけ…でも大丈夫…」

苦しそうに答える。

「美優…大丈夫じゃない時は大丈夫って言わないよ。痛み止め入れようか?」

「…うん」

「素直でよろしい。今取ってくるからね」

航也はすぐに出て行って、トレーを持って来た。

点滴の側管から入れてくれるから痛みはない。

「…ふぅ〜」

しばらくすると痛みが引き、安堵のため息が出る。

「痛み引いてきたか?」

「うん、だいぶ…」

「そっか、痛かったな…」

航也は美優の額の汗をぬぐってくれる。

美優がニコッと微笑む。

航也は美優の頭を撫でながら話し掛ける。

「ねぇ、美優?本当は自覚症状があったんじゃないのか?怒らないよ。俺は美優の体がただただ心配なの」

「……」

「俺には言えない?」

「…だって航也毎日毎日忙しいし、華のことも他の患者さんもたくさんいるのに、私ばかり迷惑かけられない…航也が疲れちゃう…」

「そんなこと考えてたの?
美優は優しいな、ありがとうな。でもさ、俺は美優が何も言わなかったり、我慢してる方が心配で心配で仕事にならなくなっちゃうよ。美優が我慢すればする程、俺の心配が増えちゃうの…迷惑って言ってるんじゃないよ、美優が辛い思いしてたら、俺も辛くなっちゃうってこと。忙しいのは俺にとって当たり前のことなの、俺や看護師に気を使って、美優の具合が悪くなったら元も子もないだろ?前にも言ったけど、もっと美優に頼って欲しいの…俺の気持ちわかってくれる?」

「本当に…迷惑にならない?」

「ハハ、美優が我慢してる方が俺は嫌だな…何のために医者やってるんだろって悲しくなっちゃう(笑)」

「うん…ちゃんと言うようにする…」

その時、レントゲン検査を終えた華が病室に帰って来た。

「あ、航也来てたんだね。今、レントゲンの検査してきたよ。あれ…なんか2人で大事な話してる最中だった?」

華が申し訳なさそうに聞いてくる。

「いや、大丈夫だよ。美優が我慢してたら俺が医者やってる意味なくなっちゃうよって話してたとこ(笑)」

察しの良い華がすぐさま状況を汲み取る。

「そっか。美優本当だよ?私も美優が我慢して辛そうにしてると、美優の為に何もしてあげられない自分を責めちゃうもん。美優には、私達がそばにいるよ?ずっとずっと美優のそばにいるから、だからもっと甘えて?翔太もさ、あぁ見えて美優にもっと頼って欲しいみたいだよ。俺って先生として頼りないかな?っていつも私に聞いてくるもん。みんな思ってること一緒だよ。ね、航也?」

「そうそう。ホントな」

「うん…みんな…ありがとう。大好き…」

「みんなも美優が大好きだよ!」

華が美優を優しく抱きしめる。

「あれ?美優少し熱くない?」

華の言葉に航也の顔色が医者モードになる。

「美優、ちょっと長く話し過ぎたな、ごめんな。熱測ろう」

ピピピッ

「38.3か…解熱剤入れてるんだけどな、まだ胃潰瘍の影響だろうから、ゆっくり休みな」
そう言うと美優は目を閉じて眠りにつく。

「華、ありがとな。ちょっと華も胸の音聞かせて?

…ん、いいよ。苦しくない?」

「うん、大丈夫」

「よし。肺炎の抗生剤は今日で終わりになるからね。経過が良ければ、あと1週間くらいで退院できるよ」

「本当に?嬉しいけど…美優はまだ無理だよね…」

「そうだね。胃潰瘍が治ったらまた外泊を考えるよ。幸い喘息は落ち着いて来てるから、退院目指して少しずつな」

「うん、わかった」

「じゃあまた俺仕事に戻るな、華も少し体休めろよ」

そう言って航也は部屋から出て行った。

それから3日後、美優の絶食が終了して、今日から食事が再開になる。

最初は重湯というトロミの付いたお湯のような物からだけど、それでも急に食べ物が入って胃痙攣などの症状が現れることがあるので注意が必要。

航也が付き添って様子を見る。

「2人とも、おはよう。美優はこれから食事が始まるからね。その前に美優と華の診察しちゃおうかな」

2人の診察をしていると、看護師が2人の朝食を運んできた。

「鳴海先生いらしたんですね。2人のお食事置いておきます。美優ちゃん今日からだからゆっくりね、先生がいるから大丈夫ね」

「うん」

美優はスプーンですくってゆっくり食べる。

「美優、お腹痛くなったら止めときな」

航也がすかさず言う。

「うん…」

航也は椅子に座って難しい医学書を読みながら、チラチラ美優の様子を見ている。

美優が4口目を食べようとした時、突然美優の手が止まった。

「美優?大丈夫か?」

航也が異変に気付き、呼び掛けたと同時に美優は吐いてしまった。

「まだダメだな…よし、よし、吐いちゃっていいよ」

「オェェ…きもち…わるいよ…」

「つらいよな…吐き気止め持ってきてもらうね」

航也はナースコールで看護師に頼み、美優の背中をさする。

吐き気止めを打ってもらって、落ち着いてきた。

「美優少し横になろ。ちょっとずつ食べれるようになるから大丈夫だぞ」


〜1週間後〜
華は無事に回復して、退院することが決定した。

まだ外来通院は定期的にしていかないといけないこともあるし、受験生ということもあって、華の両親も納得の上、退院を機に華と翔太は同棲を始めることになった。

華の両親から絶大の信頼がある翔太。しかも教師ということもあって、専属の家庭教師が付いているようなもの。こんなVIP待遇な受験生は他にはいないだろう(笑)


美優も少しずつ食事の形状や量をアップさせて食べられるようになった。

胃潰瘍はほぼ完治に近い状態となり、幸い喘息の発作も落ち着いている。


美優が再入院してから良い時も悪い時も色々あったが、退院を考えられる程に回復してきた。

そして、まずは外泊リハビリを3泊4日で始めてみようと航也は考えていた。
翔太の勤務時間終了に合わせて、華は退院することになった。

退院後は一旦、華の実家に行き荷物をまとめて、翔太のマンションに行くことになっている。

病室に航也がやってきた。

「おはよう。2人とも良く眠れた?まずは診察するよ」

いつものように丁寧に診察をしていく。

「いいね。華は今日退院になるからね。夕方翔太が迎えに来るみたいだから、そしたらな。
2週間近く入院してたから、自分が思ってる以上に疲れやすくなってるから、帰ってもゆっくり寝るんだよ?
体調に変化あったら翔太に言ってね。日中は俺に直接電話くれてもいいから」

「うん」

華は航也の話を頷きながら聞いている。

「はい、次は美優ね。そんなに悲しい顔しないの。華が帰りづらくなるだろ(笑)」

「だって…寂しい。華が元気になったのは嬉しいけど、華と会えなくなるのが寂しい…」

「美優、またお見舞いに来るよ?」

華がすぐに声を掛けるが、今にも泣きそうな美優。

「そんな美優にもご褒美やろっかな〜?」

航也の言葉を聞いて、美優が不思議そうな表情で顔を上げる。

「胃潰瘍も治って食事も取れるようになったし、喘息の発作も落ち着いてるから、退院に向けて外泊してみよっか?」

「え?いいの??」

「3泊4日はどう?」

「そんなに?嬉しい!!」

「2日後、俺が当直明けで朝帰れるから、その時に一緒に帰ろう。俺も休暇が余ってて、その間休み取るから、一緒にいれるよ」

「美優、良かったね!」

「うん!」

「じゃあ、俺外来行ってくるな〜」

航也は出て行った。

「私も早く退院できるように頑張らなきゃ。華は、今日から翔太と一緒に住むんでしょ?マンション一緒だから、私が退院して高校に通えるようになったら一緒に通えるね!」

「うん、そうだね。楽しみにしてる!うちの親、彼氏と同棲なんて絶対反対すると思ったのに、案外あっさりでさ。翔太君に任せとけば大丈夫だとか言ってさ(笑)両親は翔太のこと大好きみたい」

「そっか!翔太が良い人なのがちゃんと伝わったんだよ。結婚出来ちゃう勢いだね!」

「結婚っ?!」

華の顔が赤くなっている。

「アハハ、2人はお似合いだよ!」

「美優だって、航也とお似合いじゃん!航也が美優のこと大好きなのがすごい良くわかるよ」

「え?私、航也に怒られてばっかりだよ(笑)」

「美優が大事だからでしょ。愛されてる証拠!」

2人でそんな会話をして過ごした。
夕方になり、勤務を終えた翔太が病室に来た。

「翔太!」

華が嬉しそうに声を掛ける。

「おぅ、会議で遅くなって悪いな。準備できてる?」

「できてるよ」

「美優ももうすぐで外泊だな。待ってるからな。1日どっかでうちで食事用意するから、航也とおいで?華の退院祝いと美優の外泊祝いしよ!」

「外泊祝いってあるの?」

美優が笑いながら尋ねる。

「いーの、いーの。退院前祝いってことで」

「うん、ありがと!翔太、華またね」

「うん、美優ちゃんと夜寝るんだよ?何かあったら、看護師さんにちゃんと言うんだよ?」

「はい、はい、わかった、わかった」

心配する華をよそに、涙が出る前に強引に翔太と華を部屋から追い出す。

翔太と華はナースステーションに挨拶をして、航也の医局にも顔を出す。

「航也?世話になったな。華、連れて帰るわ」

「お世話になりました」

「うん、気を付けて帰れよ。華、看護師さんから薬受け取った?」

「うん、もらった」

「翔太、肺炎の後は肺機能が低下してるから、疲れやすかったり、息があがりやすくなると思うから、ゆっくり自宅での生活に慣らしていってやって。何かあったら連絡して?」

「あぁ、ありがとな。無理させないようにするわ。あと、美優だけど、今頃寂しくて1人で泣いてると思うから、病室のぞいてやって?出てくる時、涙目だったからさ…」

「あぁ、わかった。任せて。華も心配しなくていいよ。じゃあな」

2人は航也と分かれて帰路に着いた。