2泊3日の課外授業が終わった。
泊まりの間に花火の煙を吸うというトラブルもあり、発作を何度か起こし、帰る日には熱も出てしまった美優…
しばらくは酸素が外せない状態になった。
〜ナースステーションにて〜
「鳴海先生、美優ちゃんちょっと熱が上がってきました。クーリングしますか?」
看護師が報告する。
「わかった。嫌がるかもしれないけど、点滴の解熱剤はまだ使えないから、坐薬入れてくれる?クーリングもお願い」
「わかりました」
看護師に準備を頼み、美優の病室に向かう。
美優は起きてるがボーとしている。
「美優?熱また上がってきちゃったみたいだから、看護師さんに坐薬入れてもらって早く熱下げような?」
「…え?坐薬?やだ…」
「点滴の解熱剤毎回は使えないんだ。辛いでしょ?」
「ん〜、やだ…美優…坐薬やらない…グスン」
体のダルさと熱が上がる不快感でグズってんな…
「うん…熱が上がったら美優が辛いからさ、ちょっと我慢できない?」
「やだって言ってる…やなの…ハァ、ハァ」
「美優、興奮しないよ。ゆっくり息吸って?」
「坐薬しない…しないから…グスン、ハァ、ハァ」
ダメだなこりゃ…
病室にさっきの看護師が入ってきた。
「看護師さんごめん、美優こんなだから坐薬しないで、クーリングだけで様子見るわ。悪いな」
航也は布団に潜ってしまった美優を指さして言う。
「わかりました。美優ちゃん、冷たい氷枕入れようね?冷たくて気持ちいいでしょ?」
「うん、冷たくて気持ちいい…」
しばらくして美優はまた眠ってしまった。
外来に行く時間になり、航也は看護師に美優を任せ、外来へと向かう。
向かう途中、翔太とすれ違った。
「おっ翔太!」
「航也、おはよう。美優ちゃんどんな?」
「また熱が上がってきてて、ダルいんだろ…すこぶる機嫌が悪いわ」
「そっか。俺も午後美優ちゃんの病室に顔出してみるわ。
そうそう、実はさ、課外授業から帰って来た翌日に華も熱出してさ、2日後の今日もまだ熱が下がらないって連絡来てたんだ。咳が出るみたい」
「え?そうなの?もっと早く言えばよかったのに。学校休んでるの?」
「そうみたい」
「病院来れれば俺が診るよ?」
「そうしてもらえる?華に聞いてまた連絡するわ」
「おけ。華もボランティアで動き回って疲れたんだな」
「だな。俺らだって疲れたくらいだから、華や美優にはこたえるよ」
「そうだな。じゃあまたな」
午前の外来が終わり医局で昼ご飯を食べていると、航也の胸ポケットのピッチが鳴った。
「はい、鳴海です」
「航也?俺だけど」
「おう、翔太か。華と連絡取れた?」
「いや、それがさ、携帯に何度電話しても出ないんだ。
華の親は日中仕事でいないから、あいつ1人で家で寝てるはずなんだけど。ぶっ倒れてたら困るから、俺これから華の様子見てくるわ」
「わかった。俺、携帯持っておくようにするから、また連絡して。もしだったら、そのまま連れて来いよ」
「あぁ、わかった」
そして翔太との電話を切り、航也は午後の外来に向かった。
〜翔太〜
課外授業から帰って来た翌日、華は熱を出した。
それから2日間経っても、華の熱は下がらず、咳も出ているようだ。
航也に診てもらおうと、華の携帯に連絡するが一向に出ない。
翔太はとりあえず華の自宅に向かった。
華の自宅は病院から車で15分くらいの距離にある。
インターホンを何度か鳴らすが応答はない。
(ん?親が受診に連れて行った?いや、今日は仕事でいないと華が言っていたはず…)
締まってると思ったが、ダメ元で玄関のドアノブを引いてみる。
…ガチャ
ん?開いた…
やっぱり中にいるのか…
「華?いる?」
玄関から呼び掛けるがシーンと静まり返っている。
「はなー?はなー?いるー?」
翔太はもう1度声を掛けるが反応なし。
「はなー、入るよー?」
黙って人様の家に上がるのは気が引けるが、華が倒れていたら大変。
恐る恐る家に上がり、2階の華の部屋に向かう。
翔太は何度か華の家に来ていて、華の家族とも顔見知り。
家の間取りも何となく分かる。
2階に上がり、華の部屋の扉をゆっくりと開ける。
「はなー?」
そこにはベッドの下に倒れている華の姿があった。
「華っ!華!おい!どした?」
体が異常に熱く、苦しそうに息をしている。
呼び掛けに応答がない。
翔太は慌てて航也に連絡する。
「もしもし!航也?華、部屋で倒れてた。意識朦朧としてて、呼吸はしてるけど苦しそう。
うん、そうそう、わかった、すぐ呼ぶわ」
今すぐ救急車を呼ぶようにと航也に言われ、震える手で119を押す。
救急車を待つ間も華に必死に呼び掛ける。
「華!華!熱測るよ!しっかりして!」
熱を測ると40.2度の数字を見て驚く。
華はぐったりしていて、それでも必死に息をしているのが分かった。
「くそ!もっと早く来てやればよかった…華ごめんな…
」
〜航也〜
翔太の連絡を受けて、航也は救急外来に駆け出す。
走りながら、救命センターのスタッフにピッチで連絡し、受け入れ態勢を整えてもらう。
(華、どうしたんだ…風邪からの肺炎か?インフルか?それとも違う病気か…一先ず華を診ないことには何もわからない)
数十分後、華がストレッチャーで運ばれてきた。
「杉村華さん、17歳。自宅内で倒れていた所を発見されました。HR130、BP80/54、P30、BT40.2、酸素5リットルでSpO293%です」
救急隊員がバイタルの報告を上げる。
「ありがと。華?わかる?わかったら手握って?」
呼び掛けにうっすら目は開くが焦点が合わず、手も握り返さない。
(高熱、頻脈、低血圧…脱水起こしてんな…肺の音もかなり悪い…)
「まず点滴落として。点滴つないだら、このまま酸素したままでレントゲン行こう」
航也は次々に指示を出す。
ストレッチャーで隣のレントゲン室に移り、胸の写真を撮る。
映し出された華のレントゲン画像は、両肺が真っ白で完全に肺炎になっていた。
「マズイな…」
航也はボソッとつぶやく。
「かなり真っ白ですね…挿管するかしないかの瀬戸際ですね…」
救命センターの医師も危険な状態なのを感じる。
「そうだな…酸素上げて少し様子みるかな。すぐに抗生剤の点滴入れないとだな」
「そうですね。入院は避けられませんね。集中治療室のベッドに入れますか?」
「そうだな。24時間管理の方がいいから、集中治療室のベッド空きあるか聞いてもらえる?」
「わかりました」
それから華は集中治療室で経過を見ることになった。
状態としてはかなり危険で予断を許さない。
華を集中治療室のベッドに移した後、航也は翔太に華の病状を説明するため、院内学級に向かった。
教室に入ると、翔太は授業を終えて、ホワイトボートを消していた。
「翔太?授業終わった?」
「あぁ、航也か。今終わって片付けたら、救急外来に行こうと思ってたとこ。華が気になって授業どころじゃなかったわ…」
「だと思って早めに伝えに来た」
「サンキュ」
「華の病状だけど、救急車で来た時かなり脱水が進んでて、肺炎も起こしてたから、上手く酸素取り込めなくて意識障害が出てた。お前があの時華を見つけなかったら、もっと大変なことになってたと思う。
肺も真っ白で挿管した方が良いって意見もあったけど、とりあえず酸素投与して抗生剤の点滴続けて様子みていこうと思う。
まだ油断出来ないから、集中治療室で様子見させて。24時間管理しないとだからさ」
「わかった、ありがとな。航也がいてくれて助かったわ。倒れてた華見つけた時、さすがに手足が震えたわ」
「いやいや、当然だよ。ましてや自分の彼女だしな、取り乱すよ」
「華の親御さんには俺から状況伝えておいた。もうすぐ来ると思うから、航也から病状説明してくれる?」
「もちろん、そのつもり。今回は風邪からの肺炎ってことになるかな。かなり重度の肺炎だから入院長引くかも。俺が主治医で診ることになるから」
「わかった、頼むな」
「華も美優も疲れが出たんだよ」
「そうだな、美優は大丈夫か?」
「美優もな…まだ不安定だな。華が落ち着いたら、あいつら一緒の部屋にさせるよ。2人部屋の方が、美優も華も1人よりは良いだろ?」
「そうだな」
航也と翔太はそんな会話をし、その後面会に来た華の両親に病状を伝える。
発見してくれた翔太に感謝していて、親公認の付き合いが出来ているみたいで航也は安心する。
〜集中治療室にて〜
まだ華は眠っていた。
酸素投与していても、SpO295〜96%前後で、まだまだ酸素は外せない。
熱も39度から下がらない。
航也は、もう勤務時間が過ぎ帰れるのだが、華も美優も不安定な状態のため、仮眠室に泊まることにした。
「今日は泊まるから、目が覚めたら連絡よろしく」
「わかりました」
集中治療室の看護師にお願いをして、美優の病室に向かう。
〜美優〜
時刻は18時前。そろそろ夕飯が運ばれてくる時間。
呼吸器内科病棟に入ると、廊下からナースステーションの中を覗くパジャマ姿の女の子を見つける。
(ん?美優…か?)
ナースステーション内には誰もおらず、夜勤の看護師は業務で出払っているのだろう。
「美優?なに覗いてるの?不審者かよ(笑)」
「あっ、航也。華…入院したって聞いたから心配で…」
「聞いたの?」
「うん、看護師さんから…華は?大丈夫なの?」
「うん、美優にもちゃんと話そうと思ってたから、病室で待ってて?夕飯食ったか?」
「まだ…華が心配で…ご飯どころじゃないよ」
「ハハ、お前がご飯食べないことの理由にはならないだろ(笑)」
航也は美優の頭に手をおいて、目線を合わせて答える。
「俺、患者さんのカルテ確認してから美優の部屋に行くから、それまで夕飯食べて待ってな」
渋々病室に戻っていく美優の後ろ姿を見つめる。
(アイツまた痩せたな…栄養剤考えないとな…)
病棟患者のカルテを確認していく。
最後に、美優のカルテに目を通す。
(ん?下痢?あいつ下痢してんのか…)
ナースステーションに戻ってきた看護師に尋ねる。
「忙しい時ごめんね。美優って下痢してるの?」
「すみません、報告がまだでした。夕方トイレからなかなか出て来なかったので、聞いたら下痢だったと言っていました。腹痛はないみたいです」
「そっか、ありがと。昼食は3割か…やっぱり食えてないな…」
病室に向うと、一応夕飯を食べている美優。しかし、全然減ってない。
「美優?食欲また落ちてるな。どれ、お腹は痛くない?」
前の食欲不振は薬の影響だったが、今はそれはないはず。
「う〜ん、わかんない」
「ご飯中悪いけど、うんちは?今日出た?」
航也は看護師から聞いたとはあえて言わない。
「うーん…」
「美優?ちゃんと俺に教えて?」
「…緩かった…」
「どんなくらい?少し柔らかめくらい?」
「うぅん、水みたいな…少し赤黒かった…」
「ん?赤黒かった?」
「でも、すぐ流しちゃったからわかんない…見間違いかも」
(おい、おい…次から次へと、心配なキーワード出してきてくれるな…)
「美優、よくお話聞いて?今度うんち出たら、流さないでナースコール押して。いい?」
美優は頷く。
「さてと、診察しちゃおう。夕飯は食べれる所まででいいよ。無理すると吐くからな」
熱は微熱まで下がってきていて、呼吸状態も落ち着いている。
食欲低下と赤黒い下痢が気がかり…。美優の気のせいであってもらいたい。
「ねぇ、航也?」
美優が話し出す。
「ん?」
「今日は病院に泊まるの?」
「うん、そのつもり。華もまだ心配だからな」
「そっか。華早く元気になるといいな…」
「なんかあった?」
「うぅん、私のことも、華のことも、他の患者さんのことも…航也大変だなって…私のことより、華とか他の患者さんのこと診てあげてね」
「急にどうした?俺は大変だなんて思ってないよ。みんな俺の大事な患者さんだから、患者さんのために何が出来るか、どうしたら楽になるか考えるのは俺の仕事だからね。美優が変な遠慮して本当のこと言わない方が大変だな(笑)」
「そっか…」
(美優のことだから、俺を気にして言いたいこと我慢して、遠慮してなきゃいいけど…)
しばらく美優の部屋で過ごしているとピッチが鳴った。
集中治療室からで、華の意識が戻ったという連絡だった。
「美優、華が目覚ましたみたいだから行ってくるね。また来るけど、消灯になったらちゃんと寝ろよ?」
「わかった。行ってらっしゃい」
〜集中治療室にて〜
華のベッドのカーテンを開けると翔太が華に付き添っていた。
「翔太、帰らなかったの?」
「いや、華の顔見て帰ろうと思ったら長居しちゃった。華目覚めたからよかった」
「そうだな。華?わかる?」
華が頷く。
「ちょっと胸の音聞かせて?」
航也は華に付けられたモニターの値を見ながら、聴診器で胸の音を聞く。
「華まだ苦しいからマスクはしたままでお願いね。少し話聞ける?」
華が頷くのを確認して病状を説明する。
「課外授業の後から熱が出たんだよね?たぶん疲れとかもあって、風邪が悪化して肺炎を起こしたと思うんだ。この状況が続けば危なかったけど、翔太が見つけてくれて救急車で運ばれたんだよ。
また油断はできないけど、とりあえず意識が戻ったから、一山超えられたかな。まだ熱も高いし、呼吸も苦しいから、しばらく入院な。あと1日か2日、ここの集中治療室で様子見させて。回復してきたら、美優と同じ呼吸器内科の病棟に移ろうね。いい?」
華は自分の置かれている状況と、ここまで体調が悪くなったことが初めてで、不安と戸惑いで、涙があふれる。
「華、大丈夫だよ。俺も航也もそばにいるから」
翔太の言葉に頷く華。
「急に言われてびっくりしたよね。泣くと苦しくなるから、ゆっくり深呼吸だよ」
泣いたせいで酸素濃度が低下してアラームが鳴り始める。
「華?大丈夫だよ、ゆっくり深呼吸してて」
「鳴海先生、酸素流量上げますか?」
看護師が駆け寄ってきて尋ねる。
「うん、5リットルに上げて」
「ごめんなさい…迷惑…かけて…ハァ、ハァ」
「華?謝らなくて大丈夫だよ、みんないるから。ゆっくりだよ。吸ってー吐いてー。そう上手」
呼吸状態は何とか落ち着き、泣き疲れて、華はまた深い眠りについた。
その日は消灯時間まで翔太が付き添っていた。
それからは、寝たり起きたりを繰り返し、2日目にようやく熱が下がり始め、集中治療室を出ることができた。
集中治療室から出た華は、呼吸器内科病棟に移ってくることになった。
ナースステーションでは、華の部屋について協議し、美優と華を2人部屋に一緒にすることにした。
1人部屋や知らない人との大部屋だと、なかなか人と会話をしないまま1日が過ぎていく。
誰かと会話したり、笑ったりすることは肺を回復させるために良いことで、華の肺炎を良くすること、美優の呼吸機能を上げること、それぞれに利点がある。
ただし2人部屋にして、はしゃぎ過ぎないかだけが心配(笑)
「美優?これから部屋移動するよ。華と一緒にしてあげる」
「え?!本当に?いいの??」
わかりやすいぐらいに美優の顔色が明るくなる(笑)
「ただし、華はまだ万全じゃないから、あんまりはしゃぎ過ぎて疲れさせんなよ。あと、美優もまだまだ体調良くないんだからな、夜更かししないでちゃんと消灯時間守れよ!」
「そんなこと言われなくてもわかってるよ!子供じゃないんだから」
「言わなきゃわかんないから言ってんの。お前は十分子供だろーが(笑)」
拗ねる美優をからかいながら移動の準備をする。
「そうだ、あれからお腹の具合は?そう言えば看護師から何も報告なかったな」
「あれから、うんち出てないよ」
「そっか。出たら教えろよ?食欲は?」
「食欲は普通だよ」
「普通ってなんだよ…全く危機感のないやつだな…」
美優とそんな会話をして、部屋を移動する。
しばらくすると看護師に連れられて車椅子に乗った華が来る。
「華!」
「美優久しぶり。今日からお願いね」
「入院中のことは何でも聞いて!」
「フフ、はい、美優先輩」
美優と華の笑顔を見て、航也も笑顔がこぼれる。
「美優、あんま調子乗んなよ(笑)2人とも大人しくしててな。また来るから」
航也は仕事に戻り、久しぶりに会えた2人は辛くならない程度におしゃべりを楽しんだ。
看護師さんが夕飯を運んでくれた。
「華ちゃん、久しぶりね。今日からよろしくね」
「はい、お願いします」
華は何度も美優のお見舞いに来てるから、看護師さんともすっかり顔見知りになっている。
「2人とも無理しなくていいからね、ゆっくり食べててね」
「はーい」
「はーい」
「1人で食べるより美味しいね」
「そうだね。美優は個室の事が多かったから1人で食べることも多かったね。美優の気持ちが少しわかったよ」
「そうでしょ?寂しいのわかってくれた?」
「アハハハ」
2人の笑い声が聞こえる。
それから3日間経ち、華の酸素は外れ、どんどん回復している。レントゲンの肺炎像も徐々に白さが改善して、あともう一息って所まで来た。
点滴も終了して、炎症を抑える内服薬に切り替えることになった。
美優はというと、相変わらず食欲が湧かないようだ…
「美優、また食欲落ちたんじゃない?」
心配した華が尋ねる。
「うん、食べるとすぐお腹いっぱいになっちゃうの。あと食べると胃がなんかムカムカするっていうか、キリキリするから…」
「航也に言ってあるの?」
「いや、航也毎日忙しいから、これくらい大丈夫だよ」
「そっか。でも無理しちゃだめだよ」
「そんな華こそ、無理しないでね」
ゆっくり昼食を食べて、華は完食して、美優は3分の2くらい食べて終わりにした。
「華の分も片付けてくるよ」
「大丈夫?ありがとう」
「このくらい大丈夫!」
航也がナースステーションでパソコンを打っていると、2つお盆を持った美優が配膳車に返しに来た。
落とさないように真剣な顔してゆっくり歩いてくる。
(全く、一気に2つも持って…落とすなよ)
航也は美優が戻ったのを確認して、配膳車に返された美優のお盆を確認に行く。
(やっぱり食べれないか…栄養の点滴するかな…)
午後の外来前に2人の病室に向かう。
「さぁ、2人ともちょっと診察するよ。まずは華からね」
「はーい」
華が返事をして、ゆっくり胸の音を聞く。
「ん、いいよ。まだキレイな音とは言えないけど、昨日よりは良くなってるよ。次、美優ね」
「ん、いいよ。呼吸は大丈夫だな。美優お腹は?」
「大丈夫だよ」
「食事が取れてないだろ?低栄養になっちゃうから点滴させてね。後で看護師さん来てやってもらうから。じゃあ、何かあったら2人ともナースコールしてね」
航也が出て行ってから美優は大きなため息をつく。
「はぁ〜せっかく点滴が外れたと思ったのに…まただよ…」
「でも美優が栄養取れなくて、また体調崩す方が大変だよ?」
「うん…」
美優は胃の辺りをさすりながら返事をする。
「胃が痛いの?」
「あっ、ううん。何でもない」
その後看護師が来て、美優に点滴を刺す。
「美優ちゃん、お腹痛いとか気持ち悪いとかはない?」
「うん、大丈夫。何ともないよ」
美優の返事を聞き看護師は出て行った。
しばらくして翔太がやってきた。
美優のベッドサイド授業のため。
「あっ、翔太!」
翔太の姿を見て華の表情がほころぶ。
「2人とも大人しくしてるか?」
「うん」
「もちろん」
「華も良くなってきてるみたいでよかったな。美優はご飯あまり食べられてないんだって?」
「うん、だからコレしないとなんだって」
点滴を指さして答える。
「そっか。低栄養になったら困るからね。それにしても何で食欲落ちてるのかね…航也も薬の影響じゃないって言ってたしな。ちょっとでもおかしいと思ったらちゃんと言うんだよ?」
「うん」
「よし。今日は数学をやろうかな、はいコレね」
翔太は美優と華のテーブルに数学のプリントを差し出す。
「え?私も?」
キョトンとした華が尋ねる。
「華もやることなくて暇だろ?航也が2週間くらいの入院って言ってたから、その間に勉強遅れたら困るだろ、受験生なんだから」
「でも入院してる間くらいはさ…それに筆記用具もないし…」
「俺の貸してやるから、つべこべ言ってないで早くやる!」
「も〜スパルタなんだから〜」
2人のやり取りをみてクスクス笑う美優。
「ほら、美優も笑ってないでやりなさい!わからないとこあったら聞いてな」
2人がプリントに取り掛かってる間、翔太は椅子に座って本を読んでいる。
酸素も外れて熱も下がった華は元気になってきているが、美優の顔色は冴えなくて、若干白っぽい。
しばらく様子を見ていた翔太だったが、やっぱり顔色が悪い美優が心配になり、声を掛ける。
「美優?大丈夫?」
「う〜ん…大丈夫」
(その間が気になるな…)
「息は?苦しくない?」
「大丈夫」
「気持ち悪くない?」
「…うん…」
(気持ち悪いのか…?)
華も心配そうに美優を見つめる。
「美優?ちゃんと正直に言わないとだめだよ、どした?」
下を向く美優に翔太が話し掛ける。
美優の目からは涙が溢れている。
「ちょっ、美優急にどした?何かあったか?」
「美優…どうしたの?」
美優の涙に2人が驚いている。
「うぅん、良くわからない…航也も看護師さんもみんな忙しいから…色々言ったらみんなの仕事増やしちゃうし…だから…言えない…」
美優の言葉に翔太はハッとする。
美優は自分のことを言わないんじゃない、言いたくても言えなかったのかもしれない…
言わなきゃダメだと頭ごなしに叱って…間違えだったと気付いた。
「そっか、そっか。周りが忙しくしてると、言いたいことも言えないよね。当たり前だよな。ごめんな…」
「泣いちゃって…ごめんね…ハァ、ハァ」
「苦しくなるからゆっくり深呼吸しよ。もう大丈夫だから」
「美優の気持ちわかるよ。私も集中治療室にいた時、看護師さんが忙しく動き回ってたから…言いたいことあっても言えなかったもん…。でも美優…私達や航也の前では遠慮しないで、美優に頼ってもらいたいよ…」
「うん…グスン、ありがと…グスン」