「イレーナの部屋に行こうか」
「ひょえい!」

 バックハグの状態で、耳元で低くそんなことを囁かれました。声が裏返るのは仕方がないと思います!
 ラルフ様がふにふにと下っ腹を揉んだあと、するりと抱擁を解かれました。

 ――――揉まれましたよ、下っ腹。ぐすん。

 ほへぇぇ、と放心している間に、指を絡めて手を繋がれました。恋人繋ぎというやつです。初めてしました。指間の手汗も気になってきました。

「イレーナの部屋はここだ」
「…………? ここですか?」
「あぁ。何か問題でも?」

 ラルフ様にムッとした顔で聞かれて、慌てて顔をブンブンと振りました。
 問題はあるんです。問題だらけな気がするんです。
 でも、有り難いと、嬉しいと言ったほうがいい気がします。

「し、使用人用の部屋をお借りしようと思っていたもので、びっくりしただけなんです。このような立派な部屋をありがとうございます」
「愛しい人を――――づあぁぁ! んんっ! 私は、来客を使用人扱いする気はない。さぁ、入りなさい」
「は、はい」

 いえ、その。来客部屋でもないのですが。
 ここ、ラルフ様の部屋のお隣ですよね? 奥様になられる方の為の部屋ですよね? お願いしますから、使用人部屋か普通の来客部屋を貸していただけないでしょうか?

 ――――そう言えたのなら、良かった。
 


 実家のベッドより、王城の牢屋のベッドより、更に豪奢でふっかふかなベッドに座って部屋を見回します。

「す、凄い」

 どこのお姫様のお部屋ですか? というくらいに豪華かつおしゃれです。何でしょうか……お尻がムズムズしてちょっと落ち着きません。
 ……虫はいないはずです。たぶん。

 部屋にあるものは好きに使っていいと言われたものの、枕カバーやシーツ、ペンやインクまでも、実家にあるものの数段上のものばかりなのです。
 気軽に使えないものばかりなのです。

 先程、侍女のセルカさんが紅茶を持ってきてくださいましたが、王族御用達ブランドのティーカップでした。
 無理です、無理。これ一客でいくらすると思っているんですか。
 緊張でブルブル手が震えて、ティーカップなど粉々に割ってしまう自信があります。
 割りませんでしたけどねっ!
 全神経使って飲みましたよ。人生かけて飲みましたよ。
 おかげでドッと疲れが出て眠くなってきました。

「ふぁぁぁぁ」

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ。
 セルカさんがお昼の準備ができたら呼びに来ると言われていたので、それまで。
 ベッドで仮眠を取らせてもらうことにしました。



 ◇◆◇◆◇



 ――――なんだこの可愛い生き物は。

 魔女に変な呪いを掛けられ、家で保護することになった、チョコレート色の髪と瞳。ぷるんとした唇の少女。

 牢屋に入れられているのに、無害そうなにこにことした笑顔でお礼を言う。

「うわぁ! この果物、美味しぃぃ! 初めて食べまひきゅ…………舌、噛みました」
「落ち着いて食べなさい」
「ひゃい」

 情報を収集しようと会話をしていたが、『可愛くて面白い生物』という事がわかったくらいだった。
 


 ベッドの上で丸まり、ぷすーぷすー、と不思議な寝息を出すイレーナの横に座り、彼女のふわふわとした髪の毛を梳く。

「…………眠っていたら、あの歯の浮くようなセリフはでないのか」

 もう少しだけ、そう思いながらイレーナの頬を撫でた。