「もっと…………」
ラルフ様の頭を撫でていると、蚊の鳴くような声でもっと撫でて欲しいと言われました。
頭でも痛いのでしょうか?
「あ、魔法の副作用とか? お薬? ま、魔女様⁉」
「違っ…………! っ、あー。とにかく、話し合いを」
「はい」
ラルフ様は毎朝、このお屋敷から登城され、夕方には戻られるそうです。
ラルフ様がいない間は好きにしていいとのことでした。
ただし、朝食と夕食はなるべく一緒に取りたいと言われて少しだけドキリとしました。
「では屋敷の案内をしよう」
ラルフ様に手を引かれて玄関に向かいました。
一階には食堂やキッチン、先程いたリビングや来客用のサロンなど。二階には執務室やラルフ様の私室、来客部屋、衣装部屋などがありました。
「このバルコニーからは庭や王城がよく見える」
「まぁ! 素敵な庭ですわね!」
「っ! イレーナ!」
ラルフ様が廊下にあるバルコニーへと続く扉を開けて下さったので、足を踏み出した瞬間でした。
グイッと腕を引かれ、よたよたとした次の瞬間には、硬い胸に顔を埋め、柔らかく抱きしめられていました。
ふわりと柑橘の香りがします。
はしたないと思いつつも、スンスンと匂いを嗅いでいましたら、頭の上からハァァっと溜め息が降ってきました。
「良かった。見てないな?」
「へ?」
「すまない。庭の手入れは月一で実家の庭師に頼んでいるのだが、今日だったことを忘れていた」
どうやら、お庭に男性の庭師がいらっしゃったようです。スン。
私がまた過呼吸や痙攣を起こさないようにと気遣ってくださったのですね。スンスン。
「どうした? 何か臭うのか?」
「あっ! ごめんなさいぃぃぃ。ラルフ様があまりにもいい匂いで……」
「づあぁぁぁ!」
私の変態的失言のせいなのか、ラルフ様が驚愕の顔をして、私をペイっと剥がしてしまいました。
その拍子に踵でスカートの裾を踏んでしまい、はわはわと足をもつれさせ、ベショっと廊下にうつ伏せで倒れてしまいました。
「いひゃい」
「ぶふっ!」
――――ぶふっ?
「っ、くくく……すまない、本当にすまなかった。だが…………ぶくくく。どうやったらそんな奇想天外な動きをして転けられるんだ」
「っ! そんなに笑わないでくださぃぃぃ」
ラルフ様が少年のような笑顔でスッと手を差し伸べてくださいました。
「ん、ほら」
「ありがとうございます」
右手を重ね、ゆっくりと立上ったのですが、またもや裾を踏んでヨタヨタ。
「おっと…………」
何故か、バックハグで抱き止められました。
何故に、私は半回転しているのでしょうか?
そして、ラルフ様はというと、バックハグで私のお腹の前に手を回されています。
やばいです。ひじょーに、やばいです。
ぷにっとした下っ腹がバレます。
「イレーナはふわふわしていて気持ち良――――勘違いするなよ、これは魔女の呪いのせいだからな!」
「はいはい、承知しておりますよー」
何故か、後ろでラルフ様からムッとした空気が伝わってきました。
ひじょーに、謎です。