ラルフ様が急用で出ていかれて、家にポツンと一人きり。
いえ、侍女のお二人はいらっしゃるのですが。気持ち的にポツンです。
何かお手伝いすることはないかと聞きましたが、ラルフ様の大切な人にそんなことはさせられない。とキッパリと言われてしまいました。
本でもお借りして、お部屋で大人しくしておこうと思い、執務室へと向かいました。
「あら?」
書棚の最上段の端にボロボロの絵本を見つけました。
主人公の男の子が、猫のぬいぐるみと一緒に『愛』を探す旅のお話。
「まぁ、懐かしいわ」
とても幼い頃、毎日のように読んでいた絵本でした。
とても懐かしかったことと、ラルフ様も同じものを読んでいた嬉しさで心がぽかぽかしてきました。
執務室に置いてある一人がけのソファに座り、そっとページをめくりました。
少しはしたないのですが、子供の頃のようにパンプスを脱ぎ、ソファの上で胡座をかいて、膝の間に本を置きました。
あぁ、あの頃のドキドキワクワクの気持ちが湧き出してきます。
頬を撫でられている気がします。
暖かくて大きな手……………………あ、これ…………。
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「っ⁉ すまない!」
とてつもなくはしたない格好で寝ていました!
やばいです。恥ずかしいです。
きっと、なんて粗野な女だと思われたことでしょう。
慌てふためきながら足を下ろし、スカートの裾を直しつつ、パンプスを履きました。
「申し訳ございませんっ!」
「え? いや私こそ、驚かせてすまなかった」
急いで立ち上がり、ラルフ様に頭を下げると、ラルフ様が謝りながら、ふいっと顔を背けられました。
少しお顔が赤いような?
執務室という、様々な書類や個人の情報が置いてあるお部屋に、特別に入室を許してもらっていたのに…………きっとお怒りなのでしょう。
「いや、その…………角度が」
「角度?」
「……っ、零れそうだから…………」
ラルフ様からチラチラと視線が飛んでくる先は、胸でした。
「あ……はい」
着せていただいていたドレスは、思ったより襟ぐりが広かったようで、前屈みになると胸がたゆんとしてしまっていました。
いつも鋭い視線でジッと見られるのですよね。
「大変お見苦しいものを見せてしまい、申し訳ございません」
どんなに頑張っても、お胸も下っ腹も、なかなか引っ込んでくれないのです。
ラルフ様からは、他の方々のように睨まれたくないので、この場から逃げることにしました。
「部屋に戻りますね」
「っ! 待つんだ! 君は見苦しくなどない! 素晴らしく、揉みたいほどの胸――――だぁぁぁぁぁ! くそぉぅ!」
――――揉み、たい。
ラルフ様が両手で頭を抱えて、床にうずくまってしまいました。
「えぇぇっとぉ…………なんというか、聞いてごめんなさい。聞かなかったことにしますので」
呪いとは、本当に恐ろしいものなのですね。
自分の意志とは全く違う言葉を言わされてしまうなど。
そっとしておいてあげましょう。
そうだわ、私が部屋から出なければいいのです!
明日からはラルフ様はお仕事で登城差れますし、食事も部屋で取れば、きっとお会いしてご迷惑をお掛けする事はなくなるはずです!