その日から二人は時間を見つけては出かけるようになった。

 圭司は化粧品会社の営業ということで、販売店の関係で必ずしも週末が休みとは限らなかったし、紗希は惣菜店なので当然週末など関係ない。示し合わせて休みを取っていた。

 東京タワーやスカイツリー、お台場、アウトレット、丸の内、渋谷、新宿、池袋。

 洒落たバーや、名物店など、紗希は圭司が興味を示すところに案内した。

 二人は幼なじみ、友人として、適度な距離を保ちつつ東京の街を巡っていた。

 圭司の大阪弁は会うほどに標準語に近づいた。

 相当頑張って直しているようだ。長く話すとイントネーションが狂ってくるが、普通に話している限りそんなに大きな違和感はない。

 紗希は大学に入った頃のことを思いだし、圭司の努力がどれほどかを感じていた。

 二人の関係に転機が訪れたのは、秋風に冷たさを感じ始める十一月に入って間もなくだった。

 紗希は圭司と夕食の約束をしていた。

 店の営業時間は八時までで、その後に片づけがあるが、今日は早めに帰ることを申請しているので六時あがりだった。

 時計が六時を知らせる鐘を鳴らす。

 運悪く、他のスタッフは奥で作業をしていた。紗希は後方に顔を向けて奥のスタッフに代わってもらおうとしたが、マスクをした男性客が、選んだ総菜を手にレジにやってきて、「すみませんが」と声をかけてきた。

「はい、いらっしゃいませ。ありがとうございます」

 笑顔で応じる。

(もう、最悪のタイミング! もっと早くするか、もう少し迷うかしてくれたらいいのにっ)

 勝手なことを胸の中で愚痴り、レジを叩く。

「七百円です」

 男が財布を取りだし、お金を出している間に、ささっと惣菜の容器を紙に包んでビニール袋に入れる。

「ちょうどいただきます。ありがとうございました」

 笑顔で接客し、頭を下げる。男が店を出ていくと、横合いからスタッフの(はやし)に名を呼ばれた。

「紗希ちゃん、急がないとっ。もう六時過ぎてるわよ」
「あっ、はい」
「今日、デートでしょ? 早く早く。あとは私がするから、急いで」

 鋭いツッコミを受け、瞬時に赤くなる。

「なんでそんなっ、デートだなんて」

 六十歳ぐらいの林は太った体を揺するようにして笑った。

「だって、五時半くらいからそわそわして、時計ばかり見てたじゃないの」
「ちょ」
「紗希ちゃん、ここ最近、元気だし、綺麗になったし、キラキラしてるし。例の幼なじみでしょ? ホントはカレシなんじゃないの? みんな話してるわよ。でもいいことよ。若いんだし、人生楽しまなきゃ」

 紗希は言葉を失い、耳や首まで真っ赤に染めた。

 林は紗希の背をポンと叩いて急かした。

「だめだめ。おしゃべりしている場合じゃないわ。早くしないと遅れるわよ。さぁ行って」
「お、お先です」
「お疲れ様」

 紗希は軽く頭を下げると駆けだした。着替えて店を飛びだし、待ち合わせの場所に向かう。

 今日は六本木だ。

 けやき坂にある洒落たフレンチの店で食事をすることになっていた。紗希はなんとしても今夜、圭司と会いたかった。なぜなら今日は──

(圭ちゃん、喜んでくれるかな)

 紗希の鞄には圭司へのバースデープレゼントが入っている。

(圭ちゃんに誕生日のプレゼントを渡すのって何年ぶり? 高校二年、だよね? あの出来事が起こる前まで、欠かさず渡してたから。簡単なものだけど)