「美奈子さんの気のせいなのよ。だってね、私、マスク男が店内をきょろきょろしているトコ、見たことないのよ。え? どれぐらいの頻度で買いにくるか? えーっと、ほぼ、毎日、かなぁ。そんなこともないか。二日に一回かな」

 その日の夜遅く、紗希は圭司からかかってきた電話でマスク男の話をした。

「そりゃ、見かけは確かに不自然だったけど、行動はそんなことなかったし。でも美奈子さんはいつもきょろきょろしてるって言うのよ」
『気をつけるに越したことはない。特に紗希は遅いことが多いから』
「遅いっていっても、九時前には店を出るのよ? 大丈夫よ」
『でも』
「圭ちゃん、マスク男がなにか問題を起こしたわけでもないの。普通に惣菜買いに来ているだけなのよ。疑ったら怒られるよ」
『……そっか。けど、紗希、会社の人がそう言うんだから、一応、気はつけておけよ』
「うん。心配してくれてありがとう」

 そう言って笑った紗希だったが、それから一週間後、怖い体験をすることになった。

 その日も五時半過ぎにやってきたが、問題はなかった。だが、店を閉めて外に出た時、ふと顔を向けたその先にマスク男が目に入った。

 紗希は認識したものの、特になにかを思うわけでもなく、家路についた。が、しばらく歩き、信号を待っている時に何気なく顔を周囲に巡らせると、マスク男を見つけたのだ。その瞬間、心臓がドクンと跳ねた。

(まさか、追いかけられてる?)

 紗希は思わず近くの商業施設が入ったビルに飛び込んだ。そして中を歩き、違う出入り口から外に出て、家に帰った。

 二日後、ほぼ同じ時間に店に入ってきた。いつもの惣菜を手にしてレジにやってくる。

 営業用スマイルを浮かべるる紗希をじっと見ているようで気持ちが悪い。

 紗希は顔を引き攣らせつつ、接客をして精算をした。そして閉店時間を過ぎ、後片づけをして外に出ると、マスク男の姿を確認した。

(ヤだ、またいる)

 今度は違った。明らかにこちらを向いている。

 サングラスによってどこを見ているかまではわからなかったが、こちらを向いていることは間違いなかった。

(どうしよう……)

 焦った頭に美奈子の言葉が蘇る。

(美奈子さんはいつも店内できょろきょろしてるって言ってたけど、私はそんな様子、見たことない。それって……私を捜してきょろきょろしてるってこと? まさか……)

 背中を冷たいものが流れていく。

 紗希は激しく鳴る心臓の音を聞きながら、歩きだした。

(ちょっと、待ってよ)

 チラチラと後ろを見ながら進むと、マスク男がついてきていることがわかった。

 何度か道を曲がったが、姿は消えない。

 不安が恐怖に変わった時、紗希は衝動的に目に入ったコンビニへ飛び込んだ。

(どうしよう。どうしたらいいの? 私、追いかけられてる? け、圭ちゃん、圭ちゃん、助けて)

 商品を探しているフリをして歩くが、足が震えていた。しばらく店内に留まり、少し落ち着くと、ドリンクを買って外に出た。

(早く帰ろう)

 紗希が周囲を見渡し、歩きだしたそこへ名を呼ばれた。

「あ……」
「久しぶりだ。こんなところで奇遇だね。元気だった?」

 立っていたのはスーツ姿の元夫、山下(やました)信吾(しんご)だった。