サクラとの生活は楽しかった。

 俺が盗んできた魚をおいしそうに食べてくれるし、俺のつまらない話を笑顔で聴いてくれる。

 そんな楽しい生活が数日続いたときだった。

 夕食を物色するために林道に沿った草むらを歩いていると、チャリに乗った二人のおばさんが立ち話をしていた。

「奥さん、お昼のニュース、観ました?」

「え、観たわよ。ピンクの首輪をした高級猫のニュースでしょ?」

(もしかして、サクラのことか?)

「そう。見つけた人には、懸賞金100万円ですって」

(100万円?)

「スゴいわね。よほど、大金持ちのペットだったんでしょうね」

「そうでしょうね。じゃなきゃ、100万なんて大金出せないでしょう」

「そうよね。どこにいるのかしら。サクラだっけ? 名前」

(……やっぱりだ)

「この辺にいないかしら。見つけて、100万ほしいわ」

「私も」



 ニャン吉は道を戻ると、サクラの元に急ぎました。



 毛繕いをしているサクラに、耳にしたことを伝えました。

「……どうしよう。あの家には帰りたくない」

 サクラは震えていました。

「きみが帰りたくないなら話は早いよ。ここにいたら危険だ。どこか、場所を変えよう。俺に任せるかい?」

「ええ、ニャン吉さんにお任せします」

 サクラがクリッとした目で見つめました。

「じゃ、まず、首輪を外そう。目立ちすぎる」

「でも、どうやって」

「うむ……」

 グッドアイデアが浮かばないニャン吉は、腕組みをすると首を傾げました。

 ところが、あることに気づきました。

 首輪をよく見ると、革製ではなく、柔らかいリネン素材だったのです。

 首の周りの毛をハゲさせないための飼い主の配慮でしょう。

 ニャン吉は、サクラに対する飼い主の深い愛情を感じました。

 しかし、「帰りたくない」と、はっきり言ったサクラの気持ちを、ニャン吉は尊重(そんちょう)することにしました。

 そして、サクラの首を傷つけないように、ゆっくりと首輪を噛みちぎりました。

「フー、外れたよ」

「ありがとう」

「では、旅に出発だ!」

「ええ」

 サクラがうれしそうにニャン吉を見つめました。



 日が暮れると、ニャン吉とサクラは山に向かって川沿いを行きました。

 登るにつれて人家の明かりが途絶(とだ)え、少し心細くなりましたが、サクラと一緒だと、ニャン吉はなんだか浮き浮き気分でした。

 サクラを守るためには、人が住んでいない山しかない。

 ニャン吉は、そう決断すると、この先の生き方を考えました。

 もう、人様の食べ物は盗めなくなる。カエルや昆虫、トカゲやネズミを獲って生活するしかない。

「大丈夫?」

 後ろをゆっくりとついてくるサクラに声をかけました。

「ええ。……大丈夫」

 家で飼われていた猫だから、それほど体力はないはずだ。それでも頑張ってついてくるサクラのことを、いとおしいとニャン吉は思いました。


 そして、しばらく登ると、小屋が見えました。

 こんな所に人は住んでないはずだ。

 ニャン吉はそう思いながら、抜き足差し足で小屋に近づきました。

 するとそれは、使われていない古い炭焼き小屋でした。

 ここなら、雨や風をしのげる。