「わあ。きれー!」

 私は、思わず波打ち際まで走り出すけれど砂が足に絡みつくようで、うまく走ることができない。
 足をもたつかせる私を見かねた虎太郎が、背中をこちらに向ける。

「おぶってあげるよ」

「えー。いいよ。子どもじゃあるまいし」

「子どもじゃないけど、まだまだ付き合って一年半のラブラブカップルだよ」

「ラブラブって」

「これもコミュニケーション!」

 虎太郎の言葉に、私は彼の広い背中に乗った。
 私が乗るが早いか、彼は思いきり走り出す。
 どんどん海が近づいてくる。
 だけど、自分の足で走ってるわけじゃないから、ものすごく怖い。

「虎太郎ー! 早い、早い!」

「ゆっくり行くほうが、辛いんだってばー!」

「なるほど」

 私はそう呟いて、上下に揺れる背中に必死にしがみついた。

 私と虎太郎はひとしきりはしゃいだあと、砂浜に腰かけて海を眺めた。

「運を使い果たしたんだろうなあ」

 そう呟いた私に、虎太郎が聞いてくる。

「運?」

「そう。虎太郎のこと、好きになって告白したらOKしてくれて、プロポーズしてくれて、それで私は多分、一生の運をつかった」

「それはないと思うなー。俺、大した男じゃないよ」

「謙虚だね。とにかく、運を使い果たしたせいで、結婚を反対されたんだよ、きっと」

「俺は、今だからぶっちゃけるけど、麗華を見た時から『いいなあ』って思ってたし、告白された時はうれし過ぎてケーキ買って帰った」

 そう言って照れくさそうに笑う虎太郎に、私は驚いた。

「うっそだぁ。この地味顔のどこに『いいなあ』の要素があるのよ」

「俺はかわいいと思ったし」

 虎太郎はそう言うと、指で砂浜にぐるぐると円を描き始めた。

「蓼食う虫も好き好きって言うからね。でも、それはうれしいなあ。ケーキ、丸いやつ?」

「丸いってゆーか、ロールケーキ一本。おいしい店のやつで気になってたんだ」

「食べたかっただけでしょ」

 私が笑うと虎太郎とは「それもあるけど」と少しだけ笑ってから、海に視線を移す。
 夕日が沈みかけていて、海はオレンジ色に染まっていた。

「俺、麗華と結婚したい」

「私もしたいよ」

「でも、麗華のご両親にも祝福してもらいたい」

 虎太郎はそう言うと、小さくため息をつく。

 ああ、彼をこんなに悩ませるなんて、厄介な父だ。
 そもそも両親が反対しなければ、私と虎太郎は結婚式の準備をすんなりと進められたのに。

 それに、今はこうして私を愛してくれている彼だけれど、父の反対がずっと続いたら、心が離れないなんて保証はない。
 そこまで考えた時、胸が妙にざわついて、不安の大きな大きな波に飲み込まれそうになる。