「ふたりともそんなに謝らないで、ね?」


彼女は怒るどころか許してくれたので、俺は思わず驚いた。


「怒って、ないんですか?」


おずおずと彼女を見上げながら、俺は尋ねた。


「うん、怒ってないよ。だって、この絵はもともとボツにするつもりだったから」

「えっ?」


切なげに絵を見つめる彼女の言葉に、心の中で混沌(こんとん)とした感情が渦巻いた。

もともとボツにするつもりだったなんて……。

そんなことをしなくても、どこかのコンクールに応募すれば、なにかしらの賞は取れてもおかしくはないような絵なのに。

こんなにも美しい絵を捨てようとする理由が、どうしてもわからない。

そんな戸惑いが頭を駆けめぐる。


「それよりも、ふたりともケガはなかった? 新品の制服とか大事なボールとかに絵の具はついてない?」

「俺はなんともないです。ハルは?」

「……俺も平気です」

「それならよかった。この絵に使ってるのは油絵の具だから、においはキツいし、色なんか一度ついたらもうとれなくなっちゃうんだよね」


そっか。

彼女が黒のロングTシャツを着ているのは、油絵の具で制服を汚さないためだったんだ。

……って、なんで俺は彼女に気をつかってもらってんだよ。

それをするべきなのは、俺のほうなのに。

考えこんでいる間に、彼女は美術道具を大きなリュックにすべてしまい終えていた。