「その絵、本当にボツにするんですか?」
「……うん」
永瀬くんの質問に、私は静かに頷く。
「それって……やっぱり、俺がその絵を汚したからですか?」
キャンバスを見ると、永瀬くんは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
彼が私を追いかけてきた理由が、このことだとようやくわかった。
「違うわ。永瀬くんのせいじゃない」
「じゃあ、どうして?」
そういえば、永瀬くんは知らない――私がこの絵に何をしようとしていたのか。
「実は私、今スランプ中なんだ。だから、なかなか自分が思う通りの絵が描けなくて……」
「そうは言っても、桜庭さんが描いていたのは、さっき俺たちがいた桜並木の絵ですよね?」
「うん。でも、桜の花びらを描いていると、キャンバスにただの薄紅色の油絵の具が乗っているだけに見えてきて……だんだん自分が何を描いているのかわからなくなってしまうの」
永瀬くんがこの絵を当てたのは、私たちがいた桜並木の風景画がキャンバスに映っていたからだろう。
そうでなければ、何を描いているのかさっぱりわからなかったかもしれない。