「じゃあ、私はもう行くね」


彼女は大きな荷物を背負い、キャンバスを抱えてこの場を去っていった。

遠ざかる彼女の背中を、俺はただ黙って見つめる。


「スゴく優しい人でよかったな、ハル」

「……あぁ、そうだな」


でも、後味はあまりよくない。

だって、もしも俺が彼女の立場だったら、俺がしてしまったことを簡単に許すことなんてできないから。

それなのに、彼女は俺たちのことを許してくれて、自分の大事な絵よりも俺たちのことを心配してくれた。

なんて寛大(かんだい)な人なのだろう。

でも、どうしてもひっかかっていることがひとつだけある。


『――この絵はもともとボツにしようと思ってたから』


彼女の言葉が、ずっと俺の頭の中で反芻(はんすう)している。


どうしてあんなにも美しい絵をボツにするのだろうか。

これ以上、俺たちに気をつかわせないために言っただけなら、まだ理解できる。

でも、もし本当にあの絵をボツにするつもりだったのなら、俺は全然納得できない。

あの言葉の真意を聞き出さないと、このモヤモヤが晴れないままだ。

あの絵をボツにする本当の理由が知りたい。


「アオ、悪い! これを持って、先に教室に行っててくれ!」

「おい、ハルっ!」


ボールネットに入れたサッカーボールをアオに預けて、俺は彼女を追いかけた。