〇高校・グラウンド
  サッカー部が試合中。FWの咲良碧(16)が、華麗にゴールを決める。
  物陰から咲良を見つめる前田朱莉(16)。
  朱莉は胸をときめかせて、
朱莉「かっこいい~~!」

〇道端(夕)
   空き缶を拾ってごみ箱に捨てる咲良。
   遠目から見ている朱莉。
朱莉「やだ、素敵ぃ~~!」

〇高校・家庭科室
  咲良が中華鍋を振る。呆気に取られている周囲の生徒。
  あっという間にパラパラチャーハンの出来上がり。
  遠目からまたその様子を見ている朱莉、腕を組んで頷く。
朱莉「(ふむ)さすが私の推しだ!」
  誇らしげな表情の朱莉。

〇同・廊下
  萌絵(17)と六花(17)に興奮して話す朱莉。
朱莉「もう推し最強! 咲良くんしか勝たん!」
  呆れた感じの萌絵。
萌絵「てか朱莉さあ」
朱莉「ん?」
萌絵「何でそんな咲良くんに告んないの?」
朱莉「は、告る!?」
六花「私も思ってた。中学からじゃんね。いっつも遠くから見てるだけっていう」
萌絵「そして一向に進展なしっていう」
朱莉「いや、だから、私は、別に付き合いたいとかないから!」
六花「嘘つけよ~」
朱莉「ほんとだって! 推しは付き合うとかそういうんじゃないくて、眺めてるだけで最高なの! それだけで十分なの!」
萌絵「それはさ、相手が芸能人とかなる分かるよ」
六花「そうそう」
萌絵「クラスメイトじゃん。めっちゃ近くにいるじゃん」
六花「告白しようと思えば出来る距離にいるよね」
萌絵「ねー」
朱莉「だから、そういうんじゃないんだってば!」
六花「朱莉!」
  ドンと壁際に朱莉を追いやる。
六花「あんたは逃げてるよ」
朱莉「はい?」
萌絵「恋愛から逃げてる」
朱莉「違う違う、違うから、これは恋愛じゃないから! 推し活だから!」
六花「じゃあ、咲良くんが朱莉に付き合ってくれって言って来ても断るんだ?」
朱莉「え」
萌絵「断るんだよね? 恋愛じゃないから」
朱莉「(目を逸らし)それはさ……」
萌絵「ほらやっぱりそうじゃん」
朱莉「違うんだって!」
六花「(諭すように)朱莉、ちゃんと気持ち伝えなよ」
朱莉「気持ちって言われても」
萌絵「この五年間の気持ち伝えようよ」
朱莉「けど」
  萌絵、朱莉の右腕を掴む。
六花「その集大成が今日という日だ」
  六花、朱莉の左腕を掴む。
  そして朱莉をずるずる引っ張って何処かへ連れて行く。
朱莉「え、ちょっと萌絵、六花? 何処連れてくの!?」
萌絵「うちらが用意してあげたよ?」
朱莉「何何、怖いって」
六花「勇気を出しな!」
  萌絵と六花が朱莉の背中を押して、理科準備室へ押し込む。
朱莉「(スッ転んで)ぎゃっ!」
  と、顔を上げて、
朱莉「ちょっと、どゆこと!?」
六花「健闘を祈る!」
  六花と萌絵がグッドサイン。扉が閉まる。

〇理科室・中
  朱莉、ぶつぶつ言いながら起き上がる。
朱莉「何なの、一体……」
  と前を見ると、咲良が立っている。
朱莉「!?」
咲良「前田さん?」
  朱莉に近寄って来る咲良。
朱莉「ふぁ、ふぇ」
朱莉、慌てふためいて部屋を出ようとするが、鍵が掛かっている。
朱莉「!」
咲良「何か、話あるって聞いたんだけど」
朱莉「あーあーあー、それは、えーっとですね」
咲良「何?」
朱莉「えーっと、そのーーー」
  横を見ると内臓が剥き出しの人体模型が!
  朱莉、誤魔化そうと人体模型をまじまじと見て、
朱莉「あ、心臓ってここにあるんだね」
咲良「ああ、うん。らしいね」
朱莉「(心臓を触って)へえ、こうなってんのかあ」
  すると、模型の心臓が取れる。
朱莉「あ、やば取れちゃった。どーしよ」
咲良「てか話それてない?」
朱莉「え」
咲良「話、あるんじゃないの?」
朱莉「えっと、えっと……」
  模型の心臓を胸に抱き締める朱莉。
  ドキドキ、鼓動が煩い。
咲良「?」
朱莉「私とその……お、おおおおおおお!」
咲良「お?」
朱莉「応援させて下さい! 私に!」
  頭を直角に下げる朱莉。
咲良「……応援?」
朱莉「そう、咲良くんを応援したくてしたくてしょうがないの! だから、そのーそのーえーっと」
咲良「してくれるの? 応援」
朱莉「はい、します……!ぜひ!」
咲良「じゃあ、放課後」
朱莉「放課後?」
咲良「放課後、うちに来て」
朱莉「うち!? うちって誰の!?」
咲良「俺んち」
朱莉「(唖然)」
咲良「じゃ、決まりね。放課後」
  咲良、そそくさと出て行く。
  朱莉、緊張の糸が切れて膝から崩れ落ちる。

〇学校近くの道(夕)
  朱莉と咲良が歩く。
  朱莉は咲良に近づけずに、距離を空けている。
朱莉「(チラと見)あ、あのー」
咲良「ん?」
朱莉「うちってご両親は・・・?」
咲良「うち母子家庭なんだけど、かーさんは海女さんやってて、出稼ぎ中なんだよね」
朱莉「え、海女さん!?」
咲良「海に素潜りして、ウニとか採るんだよ」
朱莉(てことは……ほんとに二人きり?)
  朱莉、突然緊張して、右足と右手、左足と左手を同時に出して歩き始める。
  ぶつぶつと「まじか、まじでか」と言いながら。
咲良「ここ右ね!」
  声がして振り返る朱莉。通り過ぎていた。
朱莉「は、はい!」
  急いで戻って、咲良の後ろをついていく。

〇団地・表(夕)
  あお(6)、まお(6)、たお(6)の三つ子の姉妹がボールを投げて遊んでいる。
咲良「ただいまー」
三人「お兄ちゃんおかえりー!」
  じゃれ合う咲良と三つ子。
  そこへ遅れて、前髪を気にしながら照れた様子で朱莉がやって来て、
朱莉「私、男の子の家とか初めてで、どうしたらいいか……」
  と、前を見ると三つ子と追いかけっこしている咲良の姿。
朱莉「(ぽかん)どゆこと?」

〇団地・一室(夕)
  三つ子とに勉強を教えている咲良。
あお「もーわかんなーい!」
咲良「ちゃんと公式に当てはめれば解けるから」
まお「まおが教えてあげよっか?」
あお「やだ。お兄ちゃんがいい!」
たお「ねー次、たおに教えてよー!」
  咲良を取り合う三つ子。
  台所でせっせと皿洗いしている朱莉。
  咲良、朱莉を気にして、
咲良「ちょっと三人でやってて」
  咲良、立ち上がると朱莉のもとへ来る。
咲良「ごめんね。皿洗ってもらって」
朱莉「いや、全然!」
咲良「ほんと助かるよ。かーさんが仕事の間は三つ子の世話、俺一人でやらなきゃいけないからさ」
朱莉「一人で三つ子のお世話してるの?」
咲良「そう」
朱莉「えー!大変だー!」
  朱莉、感動して目を潤ませる。
咲良「そうなんだよね。だから誰か、三つ子の世話を助けてくれる人いたらいいんだけどなあ」
  ちらりと朱莉を見る咲良。
朱莉「私で良ければ、何でも言って!」
咲良「・・・いいの?」
朱莉「もちろんだよ! 咲良くんの応援したいって言ったし!」
咲良「それなら、すごい助かるよ!」
朱莉「任せてよ~、何でもやっちゃうよ~」
  朱莉、腕をまくる。


〇カフェ・店内
  パフェを食べる朱莉、萌絵、六花。
萌絵「それってただの召使いだよね?」
朱莉「え」
六花「いいように使われてるよ」
朱莉「そんなはず」
萌絵「あるよ。皿洗って、掃除して、洗濯も干したんでしょ?」
朱莉「うん……」
六花「使われてるね~。応援したいなんて言ったばかりに」
朱莉「そうかな?」
萌絵「そうだよ。都合のいい召使いにされる前にやめとけば?」
朱莉「私が咲良くんの召使い・・・?」
萌絵「なりそうな予感ぷんぷんするよ。人の気持ちを弄ぶなんてサイテー」
六花「だね。サイテーだよ」
朱莉「(俯く)……」
萌絵「朱莉?」
六花「聞いてる?」
朱莉「そうだったんだ……」
萌絵「……うん。残念だけどね」
六花「まあ、元気出しなよ。他に男紹介してあげるしさ」
朱莉「(聞いてない)この私が、咲良くんの都合のいい召使いだったなんて……」
萌絵・六花「……?」
朱莉「そんなのって、そんなのって……、最高じゃーーーーん!」
萌絵・六花「はあ?」
朱莉「ただの遠くから応援してただけなのに、召使いに昇格!? もう最高だよ、どんどん都合よく呼び出して欲しい!」
萌絵・六花「(ぽかーん)」
朱莉「だってだって、召使いって事はさ、急に電話とか来て、『あれやれ、これやれ』とかとか~~~、命令口調で指図されたりするのかなあ~~~~!? やだ、最高すぎて鼻血が……」
六花「あ、もうダメだ」
萌絵「重症だね」
朱莉「え、何が?」
萌絵「気付いてないし」
朱莉「二人共ありがとね! 私を召使いに昇格させてくれて、ほんと感謝感謝だよお!」
  萌絵と六花の手を握ってぶんぶん振る。
六花「ま、まあ、朱莉がいいならいいんじゃない……?」
萌絵「うん。いいと思う」
  と、電話が鳴る。
  みると「咲良くん」の文字。
朱莉「さっそく呼び出しキタアアアアアアア!」

〇団地・玄関
  意気揚々とやって来る朱莉。
朱莉「前田朱莉参りました~!」
  咲良、ぽかんと立っている。
咲良「あ、前田さん。もう?」
朱莉「ええ、何をしましょう?」
咲良「じゃあ、昼ご飯をお願いしていいかな?俺はお風呂の掃除するから」
朱莉「分かった! 家事の役割分担だね!」
咲良「急に呼び出して悪いね」
朱莉「気にしないでよ。むしろ大歓迎なんで!」
  と、腕まくりして気合十分に中へ入って行く。
  

〇同・台所
  朱莉、野菜炒めを作っている。
朱莉「宿題終わったー?」
  ちゃぶ台で宿題を解いているあお、まお、たお。
あお「もう少しー」
まお「まおは終わった!」
たお「はやーい」
朱莉「こっちももうすぐだからねー」
あお・まお・たお「はーい」
朱莉、ふぅ、と一息。
朱莉(こういうの一人でやってたなんて、大変だ)
  ガチャンーー、お風呂場から音がする。
あお「何?」
まお「おふろから音した」
  朱莉、ハッと青ざめる。
朱莉「咲良くん!?」

○お風呂場
  朱莉、慌てて扉を開ける。
朱莉「大丈夫!?」
  見ると、咲良が倒れている。
  朱莉、駆け寄って、咲良の頭を膝の上に乗せる。
朱莉「咲良くん! しっかり!」
咲良「んーーー」
  咲良、寝ぼけ眼で目を覚ます。
咲良「あれ?どうして・・・」
朱莉「倒れてたんだよ、記憶ない?」
咲良「あ、そっか・・・。俺、なんか眠気がして、そのまま倒れたのか」
  朱莉、ほっとして、
朱莉「もう、重症かと思ったよ」
咲良「ごめん、ちょっと疲れが・・・」
朱莉「そっか、そうだよね。布団で寝る?」
咲良「ちょっと、このまま」
朱莉「えっ」
  咲良、朱莉の膝に顔を埋める。
朱莉「ちょ・・・」
  朱莉、急に恥ずかしくなり、赤面する。
  咲良の寝顔。自分にしか見せない無謀な寝顔。
朱莉(か、可愛い・・・)
咲良「んー」
朱莉「猫みたい、欲しい・・・」
  と、咲良の髪に触れる。
  咲良、ぱちりと目を開けて、二人は目が合う。
朱莉「あ・・・」
咲良「猫・・・、好きなの?」
朱莉「え」
咲良「猫って聞こえたから」
朱莉「あ、ああ、うん、好きだよ」
咲良「・・・そうなんだ」
朱莉「うん」
咲良「飼いたい?」
朱莉「飼いたいけど・・・」
咲良「じゃあ、俺、前田さんの猫になろうかな」
朱莉「え、猫?」
  咲良、起き上がって、
咲良「こうして手伝ってくれるお礼って言うか・・・ほら、他に恩返し出来るものないし・・・」
朱莉「そ、そんな、お礼なんていいよ。ていうか、私はしたくてしてるだけだしさ」
咲良「そういう訳にもいかないよ。何か返さないと」
朱莉「けど・・・」
咲良「そっか。俺が猫じゃ、嫌だよね・・・」
  咲良、しょんぼりする。
朱莉「違う!違うの!」
  と、咲良をじっと見つめる。
朱莉「その・・・猫って私の前だけ?」
咲良「うん。なれって言われたらなるよ」
朱莉(咲良くんが私の猫に!?)
朱莉「ちょっとどんな感じか、やってみてくれない?」
咲良「今・・・?」
朱莉「はい!」
  咲良、恥ずかしそうに、招き猫のように片手を上げる。
咲良「にゃ、にゃあー」
  朱莉、キュン死。
朱莉(シンプルに可愛すぎか!)