「お母さんにとっては当たり前かもしれないけど、私たちにはそれほど重要なことじゃないの」

「世間一般では重要だわ」

「お母さんの住む世間ではね。最近じゃ、事実婚とか同棲とか、結構多いんだから一緒にしないで」

ここで、私まで感情を爆発させたら、余計ややこしくなるのが目に見えていたから、努めて冷静に言う。

母は、フッとため息と笑いを一緒に吐き出した。いわゆる苦笑ってやつ。

「智もおかしなこと言うわね。お母さんとあなたの住む世間は一緒でしょう」

「世間っていうのは人間関係を指してるの。お母さんの周りにいる人たちと私の周りにいる人たちは全く考え方も性質も生き方も違うわ」

母は、深いため息をつき、テーブルの真ん中に置かれた皿の上のクッキーを一つつまんだ。

「子供ができたらどうするの?」

「それはその時に考える。今はわからない」

「わからないはないでしょう。その時じゃ遅いから言ってるの」

「遅くはないよ。その時にならないときちんとした判断なんてできない」

「ああいえばこういう、自分の理屈並べ立てて正当化しちゃうとこは昔から全然変わらないわね。智は弁護士にでもなればよかったのに」

「賢く産んでくれたらなりましたよーだ」

そう言って舌をペロッと出した。

「ほんとに、あなたって……」

母もたまらず吹き出す。

はい、この会話終了!

いつもこんな感じだ。なんとか母の苦言を追い返して、何も言えない状況までもっていく。

結構骨の折れる会話だ。

だから、なんとなく実家にも足が遠のいていったんだよね。母はそれをわかってるんだろうか。

一息ついたところで、父がリビングにやってきた。これまた絶妙なタイミング。全てわかってるんじゃないかって思うくらいだ。

「智、今日はゆっくりできるのか?」

父はそう言うと、片手に新聞を持ってソファに腰を下ろす。

「うん。晩御飯食べて帰ってもいい?」

「そうしなさい。一緒に晩御飯なんていつ以来だ?」

父は眼鏡の奥の目を細めて嬉しそうに微笑んだ。

「あらそう?ゆっくりできるんなら、晩御飯は智の好きなミートボールシチューでも久しぶりに作ろうかしら」

「いいねぇ~」

父と私の声が重なり、顔を見合わせて笑う。

ああ、落ち着く。さっきのような会話がなければこの家は本当に居心地がいいのにな。

その時、私のスマホが電話を着信した。