病院を後にし、両親と久しぶりに実家に帰った。

家の中は昔とちっとも変わらないのに、匂いも間取りもなぜだか知らない場所のように感じる。

家を出たってことは、この家の住人ではなくなること。他人とはいかないまでも、多少の居心地の悪さはやむを得ないのかもしれない。

「智、何か飲む?」

「うん」

「紅茶でいい?」

「うん」

多少の居心地の悪さはあるものの、必要以上に気を遣わなくていいのはありがたい。

リビングの隅に積み上げられたアルバムが目についた。

手に取ると、私の幼い頃からの写真。

「ああ、それ。本当は智に持って帰ってもらいたいんだけど、ほら、あななたちのアパート狭いから悪いかなと思ってそのままにしてるの」

母はいつも一言余計だ。

余計な一言は流して、高校の時のアルバムを開く。

「懐かしいなぁ。確か、北海道の牧場に友達と夏休みバイト行ったときの写真だよ」

ポットにお湯を注ぎ終えた母がキッチンから「どれどれ?」とそばにやってきた。

「ああ、ほんと。あのときもお母さんの反対を押しきって勝手に話決めてきて行ったのよねぇ。智ってこうと決めたら梃子でも動かないんだから」

「なによ。さっきから喧嘩売ってるの?」

「違うわよ。あなたのそのやりたいように生きてる姿がある意味羨ましいだけ」

母は首を竦めると、再びキッチンに戻っていった。

羨ましい、ね。

母は自分で私は我慢ばかりの人生だなんて口癖のように言ってるけど、私から見たら結構好きなように生きてるように見える。

一部上場企業に勤める父と結婚し、若いうちから一軒家を持ち、旅行だって毎年行ってる。趣味の社交ダンスもずいぶん長いこと続けてるんじゃないかしら。


私なんて、夢である店は持てたけど、毎日忙しくて旅行なんてほとんど行ってないし。ましてや習い事なんてできるわけもない。

自分で選んだ人生はそれなりにリスクもあり、覚悟もいるのよ。

簡単に決めてるみたいな言い方はしないでちょうだい。

……と、言いたいのをぐっと堪えアルバムをパタンと閉じた。