観念したかのように部長は苦笑する。そして、ベンチに深く座りなおすと話し始めた。

「僕が二十八の頃、大切な女性がいた。僕よりも二つ年上でね」

年上、だったんだ。部長の忘れられない女性って。

「その当時、一緒に暮らしていて、もちろん結婚しようと思っていた。ただ、僕自身、まだ仕事で自信が持てなくてね。もう少し、もう少し、なんて思っていたら三十目前になっていた。もう少し、なんて今から考えたら結婚っていう責任の重圧から逃げていただけなんだけど」

部長は大きく息を吐き、雨が打ち付ける窓に目をやる。

「ある日、二人でドライブに出た時、交通事故を起こした。信号無視をした乗用車とぶつかったんだ。完全に相手側に過失があったんだが」

交通事故というフレーズでふと悠のギプスが浮かぶ。

「御崎さんのご主人、いや彼は幸い命に別状もなく今は順調に回復しておられるが、僕の彼女は脊椎を痛めてしまい下半身不随になってしまった」

私たちのベンチの向かいに座っていた母親と幼稚園くらいの子供が手を繋いで立ち上がり、改札の方へ歩いていく。

新幹線の状況を聞きにいったのだろうか。

さっきまで激しく降り続いていた雨が少しその激しさを緩めてきていた。

「彼女の見舞いに行くたびに、いたたまれない気持ちになった。こちらに非はなかったとしても、僕の運転する車で彼女から自由を奪ってしまった。だけど、そんなことよりも、機と気づかされたのは、彼女と僕はなんのつながりもない一個人同志だったってことだ。いわば他人」

部長が目を向けている窓に打ち付ける雨は峠を越えたように見える。

「他人ができることは限られている。彼女の両親も僕には親切にしてくれたが、時間の経過とともに他人という影が色濃くなっていくのがわかった。そこでも尚僕は彼女との結婚を切り出せなくてね。丁度そのころ大きな仕事を任されたということもあったんだが、情けないよ、本当に……そうこうしているうちに、次第に彼女に会いにいくことも足が遠のいていった」