「あの……」

「ん?」

「私と彼、結婚していないんです」

それは衝動に近い告白だった。

雨の音が更に激しく構内の天井に打ち付けている。

「ってことは?」

一瞬、意味がわからないという風な表情を浮かべ島崎部長は静かに尋ねる。

「事実婚……」

こんなに【その言葉】を言うことが躊躇われることは今までなかった。

【その言葉】に責任を持つことの重さを感じたことがなかったからかもしれない。

そして、今まで黙っていたことにあらためて後ろめたい気持ち。

「そうだったんだ。勝手に結婚していると思っていたよ。すまない」

すまないなんて、私が言い出せなかっただけなのに。

「すみません。いい出し辛くなってしまって」

「いや、構わないよ。だけど事実婚って、僕もよく知らないけれど近い将来は結婚するんだよね?」

多分?

いや、わからない。

この先なんて、ちっとも想像できない。

返事ができないまま、黙りこくっている私にフッと微笑むと島崎部長は言った。

「そうだよな……。今は結婚しなくても二人でいる形は本当にたくさんあるよね。俺も古い人間になったもんだよ」

「いえ、そんな」

「でもさ、どんな形でも後悔しなければそれでいいとも思う」

「後悔?」

「そう。後悔。僕はそれで今の今まで独身っていうか」

部長は前髪をかき上げると、自嘲気味に笑う。

「どんな後悔なんですか?」

胸の奥で聞きたいようで聞きたくない思いが鼓動を速めていく。

「僕の話なんて聞いてもしょうがないだろ」

「聞きたいです」

島崎部長の目をまっすぐに見つめた。