しばらくすると、手にビニル袋を提げた部長が戻る。

「お腹が空いただろう。こんなもので申し訳ないがとりあえず腹が減っては戦はできぬだ」

そう言って気を取り直すかのように笑うと、私に袋からお茶とおにぎりを手渡してくれた。

渡された鮭のおにぎりは私の大好物。

わさわさとおにぎりの包みを開き、豪快に食べる島崎部長の横顔にしばし見とれる。

こういう人って、きっと何してもかっこいいんだろう。

って、こんな状況で何考えてるんだ。

慌てて、私もおにぎりを頬張った。

「ご主人に連絡した方がいいぞ。この分だと新幹線が動くのはかなり遅い時間になるだろうから」

おにぎりを食べ終えた部長が私に顔だけ向けて言った。

構内の出入口に目をやると、外はかなり風が強くなり、雨が激しく吹き込んでいる。

「そうですね。連絡しておきます」

と言ったものの、どういう連絡をすればいいのかわからない。

だって、今日は飲み会と言って出てきてるんだから。

悠に何も送れないまま、なんとなくスマホをいじって時間を潰していた。

その時、ふいに部長が口を開く。

「御崎さんは、夫婦別姓なの?ご主人のお見舞いに行った時、ご主人と苗字が違っていたから」

あ。

私の苗字と悠の苗字が違うってこと、ばれてたんだ。

「……すみません」

「いや、謝ることないよ。そういうの、僕は全然ありだと思ってる」

だけど、夫婦別姓でもない。

もし、私たちが籍を入れていない事実婚だと告白したら、島崎部長はどう思うんだろう。

籍が入ってなかったなら、ここまで私のために仕事を用意してはくれなかったかもしれない。

それとも全然ありなのかな?いや、私のこと軽蔑するかもしれない。

事実婚だろうがなかろうが、大して問題はないはずだとこれまで思ってきたけれど、悠が事故にあった時、そしてこんな風に私がサラリーマンとして働かせてもらうようになって、心の中に本当にこれで大丈夫なのかっていう不安みたいなものが存在するようになっていた。

これから先も、子どもができるまでずっと悠との関係が変わらないとしたら?

もし、子どももずっとできなかったら?

「どうかした?」

島崎部長が缶コーヒーを傾けながら尋ねた。彼の喉がコーヒーが流れる度にゴクンゴクンと波打つ。

……ドキン。顔が熱い。

こんな気持ちに気付いたのは最近のことだ。これが、恋なのか憧れなのかはわからない。

これまで男性は本当に悠だけだったから。

籍を入れていたら、こんな気持ちにもならないんだろうか。

籍に入ってないことは、当然だけど悠とはただの恋人関係のままで、別れようと思えばいつだってってこと。

もし、この先、私が誰かを好きになったら、ただ悠とお別れすればいい。そんな関係なんだ。

事実婚って、一体なんだろう。