「おや?そちらの方は?」

富山社長が興味津々な眼差しを私に向ける。

「こちらは、御崎です。今日は僕のアシスタントとして同行してもらいました」

「はじめまして、御崎と申します。本日はお世話になります」

「いやー、かわいらしい女性だね。御崎さん、島崎くんはこんなにかっこいいのにまだ独身なんだよ、なんとかしてもらえない?」

「残念ながら彼女は既婚者ですから」

部長は即座に笑顔で私の間に入ってくれた。

既婚者、か。

麹の甘い香りが漂う一室で商談はスムーズに行われ、その後、夕方町の由緒正しい雰囲気の居酒屋で社長と再び待ち合わせていた。

店内で待っていると、社長から島崎部長のスマホに電話がかかる。

神妙な顔つきで話していた部長は、スマホを切ると私に向き直り小さく息を吐いた。

「今日はキャンセルだ。せっかく同行してもらったのにすまない」

「いえ、そんなことは。何かあったんですか?」

「日本の南に停滞している台風がどうも悪さをしているらしく、これからこの辺りは暴風域に入るそうだ。台風はかなり南に位置しているから、今日までは影響ないと思っていたんだが」

私も慌ててスマホを開き、天気情報を確認する。

確かに。今日の午前までは何ともなかったのに、急にこの辺り一帯が暴風域に包まれる予報になっていた。

「まずいな。この辺は大雨だとすぐに鉄道が停まるんだ。すぐに帰ろう」

時計を見ると午後六時を回ったところだった。

店に入る前はまだ雨も降っていなかったのに、今は風も強く雨もぽつりぽつりと降り始めていた。

島崎部長は、店の前でタクシーを捕まえると、運転手に新幹線の駅を告げた。

三十分ほどで駅についたものの、既に駅は混雑が始まっている。

「嫌な予感がするな」

一人の駅員の周りに人だかりができていて、部長はその方へ向かう。

駅員さんの切羽詰まった声が聞こえてきた。

「お客様には大変ご迷惑おかけしております!ただいま暴風雨警報により、新幹線の運行は停止しております!状況が変わり次第お知らせしますので、今しばらく構内にてお待ち願います!」

その場にいた人だかりが一斉に大きなため息をつく。

構内で待つといっても、この駅はそれほど大きくはない。

数人の客は駅から出ていく。宿泊するために近くのビジネスホテルでも探すのだろう。

「御崎さんには本当に申し訳ない。とりあえず、希望的観測はせずに待つしかないな」

「はい」

天候に関しては、どうしようもないこと。部長が悪いわけではないのに。

でも不思議とこの状況に不安はなかった。きっと島崎部長がそばにいるから。

部長は「ちょっと待ってて」と言って構内の端にあるコンビニに入っていった。