母に何も言わずに帰るの変だよね。頭を軽くブルブルッとすると肩に置かれた母の手に自分の手を重ねる。

「悠のバイクがトラックとぶつかって、悠は今病院に運ばれてるって」

「え?悠さんは大丈夫なの?」

「わからない。わからないから今から行く」

「ちょっと待って、お父さんに病院まで送ってもらいましょ。お母さんも一緒に行くわ」

「ああ、うん。助かる……」

こういう時は「助かる」じゃなくて、「ありがとう」だよね、なんて思いながら、母に肩を抱かれて父の車に乗った。

頭も心もパニックでどうすればいいのかわからないのに、そんな自分を少し離れた場所から妙に冷静に見ている自分もいる。

明日からお店はどうすればいいんだろ。

まさか私一人でデザートだけで乗り切るなんてこと無理だよね。

それに、悠がもし……もし、死んじゃったらどうしよう。

私たちは籍を入れてないわけで、私が喪主になるなんてことはやっぱりできないのかな。

勘当同然で飛び出した、彼の両親にどうやって連絡すればいいんだろ。

こういう時、事実婚であることが逆に面倒だと感じたり……そんなとりとめのないことばかりが頭の中に浮かんでくる。

今はそんなことより悠の体のことを一番に心配しなきゃならないのに。

病院に行く前に悠の保険証を取りに帰る。

そんなことすらも頭が回らず、母に言われて思い出した。

父の車で病院に向かいながら、遠くで救急車の音が鳴っている。

この音って、なんて不安を掻き立てる音なんだろう。

前向きなことなんて一つも浮かんでこなかった。

病院につくと、その先にいるであろう悠の姿を見るのが怖くて足がすくむ。

「しっかりしなさい」

母に背中を押され、震える足をゆっくりと前に進めた。

受付で自分の名前を伝えるとすぐに救急処置室に案内される。ゆっくりと向かうと処置室の入り口から、救急隊員が慌ただしく出ていくのが見えた。

母に支えられながら処置室に足を踏み入れる。

ピッピッピッ……と脈を計る甲高い音が響く室内の一番奥のベッドに彼が寝ていた。

落ち着いた表情で天井を見つめる悠の横顔と、看護師二名が彼の右足に処置を施している様子から、命に別状ないのだと判断し一気に安堵する。

「……悠」

すっかり安心した私は、歩みを一気に速め、彼のベッドの脇にしゃがみこんだ。