さてですね。……私と相澤くんは、私のうちでの晩御飯を食べ終えました。

 相澤くんに、手作りのハンバーグを美味しかったって言ってもらえて良かった!
 えへへっ、素直に嬉しいです。

 一階はプチ宴会みたいになってしまって騒がしいので、二階の私の部屋に移動した、私と相澤くんなのですが……。

「あ、相澤くん! な、なんか遠くない? ソファに一緒に座ろうよ」
「――やだ」

 相澤くんは私の部屋のちっちゃな二人がけのソファには座らず、部屋のすみのクッションの上でちょこんと正座をしています。

「……相澤くん窮屈《きゅうくつ》じゃない? 正座とか。あの、あぐらでも構わないよ?」
「あのさ、お前……」
「うん」

 それから相澤くん、黙っちゃった。
 何か話したいって言ってたから、普通に自分の部屋に相澤くんを、連れて来ちゃったけど。

 よくよく考えてみたら初めてなんだ。
 同い年の男の子を私の部屋に招くとか……。

 男の子なんて、親戚の子以外部屋には入れたことがないから、どうしたら良いのか分からないなあ。

 そう、相澤くんと二人っきり。
 ど、どうして自分の部屋で話そうとか思ったの、私!

 あんまり考えなしだった。
 
 縁側とか本屋さんの店舗スペースでとか、少し気持ちを落ち着けて、冷静に考えたら場所なら他にもあったのに。

 しょ、しょうがないよね。
 相澤くんをすでに私の部屋に連れて来ちゃったもん。

 ああ、どうしよう。

 ――すっごいドキドキする。

 心臓の音が相澤くんに聞かれちゃいそう。

 私、緊張してきて、顔が熱い気がする。

「は、話って……なに?」
「……」
「相澤くん?」

 私が矢継ぎ早やに急かしちゃったのかも。
 言いづらいことだったりするのかな?
 私に相澤くんは、なにか悩みごとの相談とか……?

「紅茶でも飲む? ちょうどね、ママがお友達の結婚式で貰った紅茶があるんだよ? 可愛い星の形のお砂糖も付いてて」
「咲希」

 相澤くんがおもむろに立ち上がって、私に近づいて来た。

「相澤くん?」
「紅茶は今はいらない」
「う、うん」

 相澤くんは下を一回向いて、はあーって深く息を吐いた。
 それから、ストンと私の横に座った。

「咲希、お前さ。……カ、カレシとかいたことあんの?」

 相澤くんは私の方を見ずに、真っ直ぐ前を向いている。

 こんな時になんだけど、やっぱり相澤くんの横顔って綺麗だなあ。

「咲希。咲希ってば」
「えっ? はいっ?」
「俺は、お前が付き合ったヤツ、いんのかって聞いてんの!」

 そこで相澤くんがこっちを向くと、視線がぶつかった。
 相澤くんの顔がなぜか、真っ赤に染まっている。

「あっ、え〜っと。相澤くんってどうして、……どうしてそんなことを聞くの?」

 ねえ? なんでそんな質問してくるの?

 相澤くんは私の頬に手を伸ばしてくるけど、……でも触れない。

 空中で、相澤くんの手が止まってる。

「さっきの……陸斗って人。咲希はどう思ってんの」
「あっ、……えっと、陸斗兄? やだ、なんとも思ってないよ。ただの親戚のお兄ちゃんだもん」

 相澤くんの視線が横に泳いだ。

 (「向こうはそうは思ってなさそうだけど?」)
「えっ?」

 相澤くんの声がちっちゃすぎて、階下からのどんちゃん騒ぎの大人たちのひときわあがった笑い声で掻き消されて、私にはよく聞こえなかった。

「もう一回言って?」
「……言わない。咲希、気になってるヤツとかいんの?」
「ふえっ!?」
「俺はいる。――空手だって、そいつを……好きな子を守りたくって始めたんだ」

 がーん!
 私は頭を本の角ッコで殴られたみたいに衝撃を受けていた。

 な、何なのこれ?
 ……私、すごいショックを受けてる。

 相澤くん、気になる子がいるんだ。

 しかも、好きな子って――。

 今も?

 その子とどうなったんだろう?

 今、恋人同士になってるの?

「……相澤くんって彼女いたんだ」
「――あっ? はあっ!? 居ねえよ、彼女なんか居ねえしっ! 好きな彼女なんかいたらこんなに四六時中アルバイトしてっかよ。俺のバイト時間知ってんだろ? 彼女なんかいたら、いつデートしたりして会ってる時間あんだよ。……あー、もう、咲希は鈍いなっ」

 相澤くんに、ガッて肩を両手で掴まれて、真っ直ぐに見つめられた。
 ドキドキドキドキ……。
 えっ? ちょっと待って。
 こ、これは。
 漫画だとかドラマだとかのシチュエーションでは、この展開はまさか、キ……キス……。
 キスとかされちゃう類いのパターン? そもそも私と相澤くんって。
 私たち、そんなイイ雰囲気?

 いやいやいや!
 からかってんだ、相澤くんは。
 相澤くん、私が恋愛初心者なのを知って、からかってるんだよ、ぜったい!

 そ、そそ、それにしては、相澤くんの顔が真剣で赤くなりすぎな感は否めませんが。

 甘いムードが出ちゃってるような、……距離が近すぎて。
 もしかしたらが、あるような、ないような。

「相澤くん。からかわないでよね」
「――はっ?」
「いくら私を翻弄して面白くっても、学校での塩対応と真逆過ぎだから」

 そう言うと相澤くんの手がパッと私から離れた。

 相澤くんはどこかシュンッてしてた。

 悲しげにうなだれてる?

 まるで相澤くんが捨てられた子犬みたいで、私は罪悪感に苛まれてきて、放っておいてはいけない気分にさせられる。

「――帰る」
「えっ?」

 相澤くんは立ち上がって、さっさと部屋を出て行って階段を降りてしまった。

 な、なんなの?

「なんだったの? 相澤くん……」

 ちょっと待ってって、相澤くんを引き止める暇もなかった。

 私は自分の部屋で数分ぽーっと呆気にとられてしまっていました。