晩御飯を作るお手伝いを私がしている時間に、相澤くんはおじいちゃんとおばあちゃんの質問攻めにあっていた。

 ――だ、大丈夫かな?

 はあ、良かった、相澤くんはにこにこしてる。


 日頃は塩対応なはずの相澤くん。
 おじいちゃんとおばあちゃんに、気を遣ってくれているのかな?

 そう、彼は学校を離れれば、いつもより愛想が良いみたい。
 ……私に対してもね、ちょっとはあたりが柔らかくて、ツンツンしなくなるから嬉しいです。

 本屋さんで働く時の相澤くんは、基本お客様には笑顔だし。相澤くんの接客態度は素晴らしいと思う。
 ただでさえ、格好良い顔してる相澤くんには、彼目当てに女性客が増えていた。
 フフッ、特に商店街で働くおばあちゃんたちが団体で「相澤くんはいるか〜い」って羊羹やお煎餅の差し入れを持って来るようになったの。


 ハッと気づけば、うちの客間に人数がかなり増えている!

 続々とうちの近くに住むママとパパの姉弟の家族までやって来て、晩御飯はすごい大人数でのパーティになった。

 うちではよくあることなんだ〜。
 同じ商店街でお惣菜屋さんを開いている親戚とかもいるから、おかずを持ち寄って時々こうして集まって食べたりするんだよ。

「で、そこのイケメンな相澤くんは、たちの悪いガキの客を追い返したのか!」
「ガ、ガキって……おじさん、相手は一応お客様だし」
「なんも本ば買わないで、なにが客ぞ」

 親戚ばっかりで相澤くんに悪かったかな。
 ちょっと心配になって横に座る相澤くんの顔を見あげてみると……。
 わあ〜、にこやかに笑ってる!

「ごめんね、親戚がいっぱいで」
「いや、いい。……いつもは父さんと二人だけの食卓だから楽しい」

 ええっ?
 意外な反応だ。
 すっごく素直で、いつもとぜんぜん違う。
 相澤くんじゃないみたい。

「いい、バイト君《くん》を雇ったなあ。腕っぷしが強くって男前で」
「そりゃあ、履歴書にあった空手経験者のひとことにも決め手の一端がありましたよ。咲希を守ってくれそうだなと」
「パパ、まさか、それだけで相澤くんを選んだんじゃ……」

 だとしたら、相澤くんになんか失礼じゃないかな?

「そんなわけないじゃない、咲希。ふふふっ、アルバイト採用の最終権限はママにあるのよ。相澤くんは賢そうでイケメンでママの好みだったから。なにより、昔からのご贔屓さんの息子さんで以前からいい子だって知ってるもの。身元も性格の良さもバッチリ!」
「相澤くんがママの好み? ううっ、相澤くんを解雇だ、アルバイト解雇する!」

 ママがウインクして見せると、パパがぷ~ってほっぺを膨らませて嫉妬してる。
 もお、面倒くさいぐらい、ラブラブなんだから。
 相澤くんが困って苦笑いしてるよ、あーあ。

「ママの一番はパパに決まってるわよ〜。あくまで咲希と気が合って仲良くやってくれそうだったから。拗ねないで、パパ〜」
「ママ、ほんと〜?」

 ああ、もうどこか他でやってください。
 恥ずかしいなあ。

「うんうん、長く働いてやってよ、相澤くん。君はさ、愛嬌はあるし、世間話を聞いてくれるってうちの商店街の婆さんたちが喜んでたよ。けっこう評判だもんなあ。ますます神楽書店は繁盛するな」
「は、はあ」
「叔父さん、相澤くんが困ってるよ」

 はははっと豪快に笑って親戚の叔父さんは相澤くんの背中を叩いてから、おじいちゃんの方に行っちゃった。

「大丈夫? 痛くなかった?」
「いや、痛くない」
「そう? 叔父さんはもう手荒いんだから。……ごめん」
「お前が謝ることじゃないよ。ところでさ、神楽《かぐら》……、あのこれ、俺の分なの?」
「えっ、あの。うん! たくさん食べてね」

 相澤くんの席には山盛りのハンバーグが置かれている。って、用意したのは私とママとパパなんだけど。
 他のお皿より明らかに積み上がったハンバーグです。
 だって相澤くんに、うちで初めて一緒に晩御飯を食べてもらうわけだし、張り切っちゃった。

「ぜ、全部食えるかな……」
「食べきれなかったら持って帰ってよ。相澤くんのお父さんにも食べてもらって、ね? 朝ごはんにパンで挟んでも美味しいよ」

 私と相澤くんは数秒目が合って、見つめ合っちゃった。
 大人たちは宴会が始まるけど、私と相澤くんは「いただきます」って御飯を食べだす。
 親戚の子供達も加わって、すごく賑やかになる。

「へえ、君が咲希のカレシ?」

 相澤くんの右隣りに座ったのは、私のはとこのお兄ちゃんの陸斗《りくと》くん。陸斗兄《りくとにい》って呼んでるんだ。

「カ、カカカレシって! 相澤くんは私のカレシじゃないよ、陸斗兄《りくとにい》」
「なんだ違うのか? ボクも同じ高校に行ってるんだよ? 知ってた? 名前は陸上の陸の入った陸斗だけど、部活は陸上部じゃなくって空手部です。相澤くんと前に試合をやって惨敗したんだよね、覚えてる?」
「神楽陸斗《かぐらりくと》……。ああ、なんとなく覚えてます」

 瞬間、陸斗兄は箸でお行儀悪くハンバーグを刺して「隙あり」って言って、相澤くんの口に突っ込んだ。

「むぐっ……」
「陸斗兄! な、なんてことを……」
「咲希の作ったハンバーグは美味いだろ? 君に負けっぱなしはボクのプライドに反するからね。近いうちにさ、また試合しよう。……あとさ、咲希はボクの『はとこ』だから。法律的にも結婚が可能なんだよ? 覚えておいてくれよ」
「なに訳わかんないこと言ってんの? 陸斗兄!」

 陸斗兄はあっという間に御飯を素早く食べ終えて「じゃあね〜」って帰って行ってしまった。

「……あの人、咲希のこと……」
「ごめんね、相澤くん。びっくりしたでしょ? 陸斗兄はちょっと人をからかうのが好きなだけで、悪い人ではないんだ」
「ああ、まあ。……驚いたけど」

 相澤くんは箸を止めて、じっとお茶碗を見つめている。

「ね、ねえ? 相澤くん、ハンバーグ美味しい?」
「あっ? ああ、すっげえ美味いよ」
「良かった。ねえ、相澤くんってどの味のハンバーグが好きなのかな?」
「いや、どれも美味くって決められない。美味いよ、とっても。咲希って……神楽は料理上手なんだな」
「えへへ、ありがとう。パパとママが本屋さんで忙しいから、晩御飯をおばあちゃんと作ることが多くって」
「そっか」

 相澤くんは、バイトでは咲希《さき》って呼ぶくせに、今は私のことを神楽《かぐら》って苗字で呼ぶんだね。
 それはそうか、周りは私の親戚ばっかりだし、私と相澤くんは付き合ってる恋人同士ってわけでもないもの。
 ましてや、学校ではあんまり仲良くないしね。

「……あのさ、神楽」
「うん? なに?」
「飯食ったら、ちょっと二人で話せるか?」
「良いけど、なに? どうしたの?」
「……いや、あとで」

 学校の相澤くんより、うちに来てアルバイトをしてくれている相澤くんのほうがおしゃべりをたくさん出来る。
 同じ相澤くんなのに。
 どこか違うね。
 面白い。
 でも、私も一緒かあ。
 新しいクラスになってからまだクラスに友達が出来ないんだよね。
 ちょっぴり寂しくなって横を見ると、隣りの席の相澤くんはいつも凛としてる。
 隣りの相澤くんが、相手をしてくれるから私は嬉しいんだ。
 慣れない新しいクラス、……居場所がない気がして学校に行くのが嫌な日もあるけど、そばに相澤くんがいてくれると思うと心強い。

 私、こんなに、相澤くんの存在が……。

 それにしても、相澤くんの話ってなんだろう?