私は学校が終わると自分のおうちの本屋さんでバイトしたりもするんだけど、土日も出来る時はお手伝いしています。

 そんなに大きくない本屋さん。
 でも、わりとお客様が来てくれます。

 今日は日曜日――。
 学校はお休みだけど、私は休日でもバイトに来てくれてる相澤くんと会えるので嬉しい。

 夕方、ママとパパが晩御飯の買い出しに行くって言って出掛けようとしていました。

「相澤くんもうちで晩御飯食べていってね」
「えっ、俺は……そんないいですよ」
「遠慮しないでさ。どうせ、今日もお父さん、遅いんだろう?」
「あっと、えーっと……まあ父はいつも帰りが遅いんですが……」
「そうだよ、相澤くん。うちで晩御飯食べて行ってよ〜。うちは大人数だし、相澤くん一人増えても変わらないから遠慮しないで」

 私たち親子三人に詰め寄られて、いつもは塩対応でムスッとしてる相澤くんもたじたじで苦笑い。

「ねっ、決まり!」
「えっと、……それでは、……あの、ごちそうになります」
「やったあ! ねえ、相澤くんってなにが好きなの?」
「……ハンバーグ」
「ママ、パパ、相澤くん、ハンバーグが大好物なんだって! 今夜はハンバーグにして欲しいなあ」
「いいわよ、いいわよ。相澤くんはチーズハンバーグが好き? それともおろしハンバーグかしら? 煮込みハンバーグ?」
「あ、えっと……」
「ママ、相澤くんが困っているよ。全部作ろうか。……咲希、相澤くん。お父さんたちは買い物に行くけど、奥の書庫におじいちゃんとおばあちゃんが居るから、店番で困ったことがあったら二人に言ってね」
「うん!」
「はい」

 レジの後方の店員のスペースで、私と横に並ぶ相澤くんの目鼻立ちのキリリと整った端正で凛々しい顔を見上げると、ほんのり嬉しそうに私には見えた。
 いつもは塩対応で渋めな表情を崩さない相澤くん。
 それはそれでかっこいいんだけど、喜怒哀楽を出し過ぎないから、時々相澤くんの本心が見えづらいの。
 急な御飯のお誘いなんて迷惑かなあと思ったけど、……大丈夫そう?

「パパ〜、腕が鳴るわね」
「ママと僕と二人でハンバーグを作ったらすっごく美味くて無敵な味のハンバーグが出来るねえ」
「やだー、無敵だなんて。……どんな味ぃ?」
「この世界で一番の味! ぼくの愛情とママのラブラブパワーが入ったものすっごく美味しい世界でいちばんのハンバーグだよ」
「もー、パパったらあ」

 パパとママは腕を組んでイチャイチャしながら、お店を出て買い物に行きました。
 いっつもあの調子なんだから。
 恥ずかしい。

「ご、ごめんね。うちの両親、いつもラブラブいちゃいちゃしてて。パパとママ、お互いが好きすぎるんだよね」
「良いじゃん」
「――えっ?」
「両親が仲が良いって、すっげえ良いじゃねえか。……一種、憧れる」
「ええっ? 憧れる?」
「し、仕事しろ!」
「う、うん。……ありがとう。うちのパパとママをそんな風に言ってくれて」
「だー、もう! 俺は裏の出入り口で新刊の荷解きしてっから。忙しくなったら呼べよな」

 相澤くんは私が言ったお礼の照れ隠しなのか、頭をかきながら裏手に行ってしまった。
 な、なんだろう。
 うちの両親を褒めてもらえて、……嬉しい。
 それに相澤くんってば、ああいうイチャラブな夫婦に否定的じゃないんだ。

 私は両親が子供の前とかでも隠さず愛情表現をするのが、思春期に入ってから最近は特に恥ずかしかった。
 だって、お友達のおうちとか行っても、あんなにラブラブパワー全開にしているご両親は見かけないから。

 他のおうちみたいにしてってお願いしたこともあったけど……。
 もう、うちはうちだって、気にしなくたって良いのかな?

 えへへ、相澤くんの態度で、考え方がいっぺんに変わっちゃった。
 うん、親の仲が良いのは子供にとっては安泰でたしかに良いことだもんね。

 私は急にウキウキした気分になって、小さな声で鼻歌を歌いながら紙の本カバーを折って作り置きをしていた。


 来店してくれるお客様の人数が少なくなる、落ち着いた静かな時間が訪れました――。
 こういう時は忙しい時に出来ない作業が捗《はかど》るんだ。
 私は予約受け付け票や書類の整理をして、新刊のお知らせのポップを厚めの紙に書いてコミカルな犬や可愛いイラストをカラフルなマーカーペンで描いて添えたりしてみる。
 ふふっ、本格的な絵画風は無理だけど、アニメに出てきそうな動物のイラストとかはわりと得意なの。ちっちゃい頃から絵の得意なおばあちゃんやママの描くポップを見て見様見真似で描いてきたからかな。


 ――んっ……?
 ちょっとチャラめでガラの悪そうなお客様が三人、お店に入ってきた。
 その人達は店内に入ってくるなり本には目もくれずに、一直線にレジにいる私の前に立つ。

「ねえねえ、君。高校生だよねー?」
「このあと、ひま?」
「バイト終わったら、オレらとカラオケでも行かな〜い?」

 大学生くらいかな?
 苦手なタイプだ〜。どうしよう。

 たまにこういうお客様がやってくるから困る。
 そういう時はパパやおじいちゃんが鬼の形相で撃退してくれるんだけど、今日はパパはママと買い物に行っちゃったし、おじいちゃんは奥の書庫だ。

 もし本当に怖い目に遭いそうだったら、おじいちゃんのところに走ろう。

 とりあえず、一人で対処しなくっちゃ。
 かりにも相手はお客様たち……だし。

「君、名前は? 可愛いぃねえ。前から思ってたんだよ」
「ねーねー、いつ終わんの?」
「何時に終わるの? カラオケする前に御飯も一緒にどう? お兄さん達ね、美味いイタリアンの店とかいろいろ知ってるんだ」
「えっ、えっとぉ、……あの、こういうの困ります」
「なんで? 一緒に行こうよ。休日にこんな寂れた店で働いてるんだからどうせ暇なんでしょ」
「うちの本屋さんを寂れた店って……、古い店ですがこれでもけっこう繁盛はしてるんですよ!」
「またまたー。だって今だってオレらしかいねーじゃん」
「そ、それは時間帯です。商店街のお店はもうすぐ閉店の時間なんです」

 急に三人のうち一人が私の手首を掴んできた。

「なにするんですかっ。……や、やめてください」
「もうすぐ閉店なんだろ? 早めに切り上げてオレ達とカラオケ行こうぜ」

 すっごい強引!

 だ、誰か助けて。
 私はだんだん怖くなってきて、声が出なくなってしまう。
 おじいちゃんでも相澤くんでも助けを呼ばなくっちゃって思うのに……。

 私は握られた手を振ったりして離してもらおうと思ったけど、相手の男の人の力が強くって余計にぎゅっと握られてしまった。

「なあ、早くしろよ。店番なんか良いから行こうぜ」

 良いわけないよ……。
 私は情けないけど、泣きそうになってきた。

 ――その時!
 
「《《おきゃくさま》》、うちの大事な店員になにか御用ですか? 今すぐその汚い手をどけろっ」
「イタタタッ!」

 相澤くんがバックヤードから現れて、私の手を掴むお客さんの手を滅茶苦茶怒った顔をしてひねり上げた。

「相澤くんっ!」

 相澤くんがすっと私の前に出て守ってくれる。私は相澤くんの大きな背中に匿われる。
 それでも私達のほうに、三人のたちの悪いお客さんが来ようとするから、相澤くんは空手? の型なのか拳を握ってポーズを取った。

「今すぐここから離れろ」
「ああっ?」
「男がいやがった!」
「やる気かこらぁっ。お客さんに対してすっげえ失礼な店だな」

 相澤くんの背中からますます怒った雰囲気がしてる。

「当店では本のお取り寄せや予約は受け付けておりますが、ナンパは受け付けてはおりませんっ!」

 そう言った相澤くんはレジカウンターを華麗にジャンプして飛び越えて、三人組の前に立って、スウーッと膝を落として構えた。

「こ、こいつ。空手の大会で見たことあるぞ」
「えっ? まじかよ」
「強えのか? やべえじゃん」

 相澤くんは威嚇するように空中に蹴りを繰り出す。
 それから怒った顔つきでじっと相手を見て、今にもパンチをするぞって型をして構えたまま、じっと動かない。

「オキャクサマ、怪我したくなかったら、即座にお帰りください」
「やべえっ! お前ら、か、帰るぞ!」

 相澤くんの剣幕に気圧された非常識なお客様三人組、尻尾を巻いて逃げだすって言うのがぴったりな調子で、慌てて小走りにうちのお店を出ていった。

 へねへなと私は体の力が抜けて、床にぺちゃんと座り込みそうになる。
 相澤くんが「大丈夫か!?」と私の横にすぐさま来て、体を支えてくれた。

「ご、ごめんね、相澤くん」
「謝るな。咲希が悪いんじゃないから」
「……うん」
「怖かったろう?」

 相澤くんに触れられてるところが熱く感じる。
 目の前の綺麗な相澤くんの瞳が心配そうに揺れていた。

「咲希。お前さ、……可愛すぎんだから気をつけろよな。ああいう時はすぐに俺を呼べよ。いつでも助けに来る」
「か、可愛い? 私が?」
「……ああ。咲希はちゃんと自覚しとけ。顔が可愛いわ、大人しく見えるんだってだけで狙われやすいんだから。ただでさえお前抜けてる性格してっから、俺は心配なんですけど?」
「な、なんかごめんなさい。……あと、守ってくれてありがとう」
「ああ。べつになんてことねえよ。お前を守るのは俺の役目だから」

 近づいてる相澤くんの顔が素敵すぎて、私はドキドキしてしまう。

「ち、近いから!」
「ああ、悪い。ついお前のこと見ちまう」
「えっ!?」
「……咲希、俺はお前のことが大事だから」

 さらりと言ってのけたイケメンな相澤くんの言葉に顔も体も火照って、私はクラクラしてしまいました。