「いい加減、お前ら邪魔すんな」
「なんでえ……。みんな一緒にホタルを見ようよ、楓くーん。もぉ、塩対応すぎ。まあさ、そこが一匹狼って感じでカッコいいけど」

 俺の肩を組んで瀬戸がゲラゲラ笑った。
 気づけば大人数で、ホタル観賞会の場所に行くことになっている。
 学校のすぐそばとはいえ、せっかくちょっとの距離でも咲希と二人きりになれると思ったのに、まったく。

 班のやつに加えて、倉センと陸斗先輩までいるじゃんか。

 あーあ、ちょっとは、咲希と良い雰囲気のなか、散歩をしてとか思ってたのに台無しだ。

「ジャージ姿でホタル観賞か〜。咲希もニコラも、出来たらお洒落に可愛い浴衣とか着たかったよね。カレシの前でいつもと違う格好をしたくない?」
「うん、まあ……。乙女心としてはね。でも、みんなでホタルを見れるのは私はすっごい楽しみ」
「そうですよね〜! でも、ニコラは夏休みに恭吾と花火大会に行く約束をしているので、今回は浴衣は我慢しますっ」

 女子ってのは三人も寄ると賑やかになるんだな。
 わりと咲希って静かな方だと思ったけど、生徒会長と鎌田といる咲希はすごく楽しそうではしゃいでる。
 ……良かったな。クラスに友達が出来て。
 ほんとう、俺も嬉しいや。
 どうやら我妻の妨害のせいで、咲希と仲良くしたかった女子が話せなかったらしくって、俺は自分のせいだってちょっと自分を責めていた。
 咲希は気にしないでとか言ってくれたけど。

 だから、イヤなんだ。
 好きでもない女子に、俺はぜったいに無駄に愛想よくなんてしねえ。
 この容姿のせいで勘違いされて、見た目だけで好きとか言われたりしてきた。
 モテるから男子に妬まれることも多かった。
 でも、知ってる。
 俺の中身で好きになってくれてる人間なんてひと握りだ。
 だから、俺はそいつらを大事にする。
 守るだなんて、偉そうなことは言えないけれど、困っていれば助けてやりたい。
 救われた分以上に、俺は助けて恩返ししたいと思ってる。
 本心から気の合うのってすごく貴重だから。
 瀬戸だって本当は俺の親友だって思ってるから、なんかあったらヤツに手を差し伸べるつもりはあるんだ。

 ――俺には、咲希が、なによりも一番優先だけどな。

 神社の境内の石畳には灯籠が等間隔に飾られていた。立ち並ぶ木々には色の付いた提灯が下がっている。
 露店もちらほらと出ている。

「神社のホタルのイベントが本格的に始まるのはまだ先らしいね。今日はうちの学校のために特別に遅い時間まで開けといてくれてるんだよ。ありがたいことだね。……ホタルの鑑賞会のおまじないだっけ? 言い伝え? ジンクスだっけ……あったよね。そういうの楽しいけど、君たち恋人同士でいちゃつくのもほどほどに」

 倉センが、俺たちを見渡してにこにこしながらも、ちょっと厳しい目で見てきたのを俺は感じた。

「倉セン、国語の先生なのに語彙力が心配だな」
「そりゃあ、きっと新しい言葉は現役の高校生にはもう敵わないんだぜ」
「おまじないが新しいとは思えんが……」

 俺は瀬戸とそんな他愛もないことを話してると、生徒会長が瀬戸を引っ張ってどこかへ行ってしまう。
 ああ、生徒会長は二人きりになりたかったんか。

「ニコラ、あっちの方へ行こうか」
「うんっ」

 倉センも鎌田を連れて露店の方へ行ってしまった。
 なんだよ、まあ、良いけど。
 俺だって、咲希と二人きりになれんのは嬉しいし。
 そう思って後ろを振り返ると陸斗先輩が、咲希の横にいる。
 ムカッとして、俺は陸斗先輩のそばでぼそっと言ってやった。

「咲希は俺のカノジョなんで。解放してもらえません?」
「ああ、まだ別れていなかったんだ? ふーん。相澤くんはずいぶん余裕がないいんだね」
「あ、相澤くん! 陸斗兄っ! ケンカはだめだからね?」

 咲希に言われちゃえば、それ以上は陸斗先輩に冷たくは出来ない。

「三人でホタルを探そうよ」
「ボクは咲希と二人だけが良かったんだけどなあ」
「俺だって咲希と二人きりのつもりでしたけど? 三人でなんて予定外だ」

 ニヤリッと陸斗先輩が意地悪く笑った。
 この人がこういう顔をする時は要注意だ。
 なにか仕出かしそうだし、余計なことを言いそうだ。

「相澤くんはさ。どうせ、ホタルを二人で見つけて良い雰囲気になったら、咲希に迫るつもりだったんだろう? いやらしいなあ」
「もお、陸斗兄!」

 ――なっ!? なんだと。 
 くそーっ。言い返したいがその通りなので、俺はすぐに陸斗先輩に反撃して言い返せなかった。

「フハハハッ、相澤くんはまさに、図星って顔だねえ。……今年で最後だし、ボクも一緒でも良いだろ? 咲希」
「陸斗兄……」

 どうしてか陸斗先輩が寂しそうで、哀愁が漂っていた。
 ……俺が咲希をとっちまったから?
 一番、近くで。
 きっと、陸斗先輩が近くで咲希を見てきたんだ。

 咲希を大切に見守ってきただろう、可愛い妹みたいにさ。
 そんな存在が自分のそばから離れていったら、そりゃあ、寂しいよな。
 ……いや、本気で陸斗先輩だって、咲希のことが好きだって、俺に宣言してる。

「なんだよ? 相澤くん。ボクに情けを感じてんの? イケメンなヤツのそんな顔は、様になるからか余計にむかつくんだけど?」
「俺はどんな顔をしてんです? ちょっと分からないなあ。……アンタ、しみったれてんなよ。咲希を奪うつもりとか言っておいて、もう諦めたのか?」

 陸斗先輩は大笑いした。
 咲希が困った顔で、俺と陸斗先輩を交互に見ている。

「そうだね。ボクは卒業してからも、咲希と相澤くんの邪魔をし放題だった。咲希の家の近所に住んでるんだもの。今みたいに気軽に会えなくなってしまうのが寂しいとかガラにもないこと、ちょっと考えてたんだ」
「陸斗兄……。あ、あのね、卒業までまだまだ時間はあるよ。たくさん高校の思い出を一緒につくろうね」
「咲希ぃ! 可愛いこと言ってくれるじゃん!」

 陸斗先輩が咲希に抱きついたから、今日だけ数秒我慢してやろうと思った。
 だけど――!

「咲希は俺のカノジョなんですけど? アンタ、いつまでくっついてんだ!」

 我慢なんか、出来なかった。
 咲希に抱きついてる陸斗先輩。
 ――ムカムカムカ、ムカ〜ッ!
 抱き合っていいのは俺だけだろう!
 めっちゃ腹がたった。煮えくり返ってどうしようもない。

「ええーい! 離れんかぁっ!」

 俺は陸斗先輩を咲希からべりべり〜っとマジックテープを剥がすみたいに引き離した。

「ちぇっ。いつまでも咲希を自分だけのものだと思うなよ? ボクは本気出して君たちを別れさせて、咲希を振り向かせるからな」

 陸斗先輩は、いつもみたいに不敵に笑った。
 元気が出たみたいで良かっただなんて、ちょっぴり思ったのは、咲希の優しさが伝染しただけだ。それか、たぶん陸斗先輩が咲希の『はとこ』だから、親戚だから仕方なくだ。
 俺は、そう思うことにした。


 三人で神社のホタルが出現するスポットと書かれた立て看板の場所に行くと、綺麗な淡い緑色の光がチラッチラッと光っていた。
 明滅するホタルの幻想的なまばゆい光に、俺はそっと胸のなかで願っていた。

(どうか、俺の大好きな人たちが、これから幸せに過ごせますように――。あと、もう一つ。……咲希とずっと一緒に歩んでいけますように)

 二つも願い事をしてしまった。
 欲張りだけど、これぐらい良いよな。

 手を離さない。
 大切な咲希と、ようやく一緒にいられる。
 同じ時間に、そばにいられるって、すごい幸せなことなんだな。

 咲希の嬉しそうな顔を横で眺めた。

 仰ぎ見ると天空には無数の星々も輝きだしていた。
 遠い遠い宇宙の果てからの祝福みたいな瞬きの光が、空いっぱいに広がっている。

 やがて地平線まで、星の輝きが埋め尽くすんだろう。

 俺は、手に掴んだ宝物みたいな咲希とのこの幸せな時間がずっとずっと続くよう、いつまでも願っていた。