私と相澤くんは、私の部屋で見つめ合ったまま。
 相澤くんの腕にすっぽり包まれ、彼の唇が近づいて来てて……、キス寸前!

「あ、あの! ね、ねえ、相澤くん。気持ちが伝わって通い合ったら、その先はどうしたら良いのかな?」
「この寸止めの状況で、その質問か? 咲希、いい度胸してんな。そりゃあ、その先は……イチャラブが待ってるんだよ?」

 ドキ……ンッ!
 相澤くんの言葉に、私はドクンドクンと鼓動が早くなる。
 は、恥ずかし〜いよぉ。

 私の唇に相澤くんの唇が当たる。
 熱っぽい吐息がお互いに漏れて、ハッとした。

「陸斗先輩が入ってこれないぐらい、咲希の心のなかを俺だけで満たしてやるから」
「や、やだ。ちょっと相澤くん、怖いぐらい真剣で……、あの、ドキドキする」
「プッ……ハハハッ! 咲希、なんでそんな顔してんだよ。可愛すぎてさ、もっと攻めて困らせてイジワルしたくなる」
「相澤くん、もお、からかわないで」
「からかってねえし……。なあ、もう一回キスさせて」
「も、もう一回キスって。……相澤くんは余裕で、私は余裕なんかないもん。どんどん甘いセリフで来られると、わ、私! ……頭の中がパニックになっちゃってなんにも考えられなくなるから、こ、困るのっ」
「俺でパニックねえ。それ、良いじゃん。咲希、あのさ、……俺ぜんぜん足らない。咲希パワーを摂取しねえと、俺は嫉妬でやられちまうから」

 私の唇に相澤くんの柔らかい唇が重なる。
 知らなかった。
 キスで唇が重ねられる度に、……もっとしてみたいだなんて、相澤くんともっと一緒にいる時間が欲しくなってしまうなんて。

 欲しがりさんに、なっちゃうんだ。
 手を繋いだだけで満足したはずの恋モードの心は、キスする度に相澤くんでいっぱいにさせられ、もっともっと彼と居たいって気持ちが湧いてきて、キスしたいし、抱きしめてもらいたいし、抱きしめてあげたくなる。

「……学校でも隠せないかもしんねえ。俺、お前を好きだって気持ちを無理に隠すのきつい。お前、可愛すぎるから……、俺のものだってアピールしとかないと誰かに取られちまうかもだし」
「だ、誰かって……。そんな人いないよ。私のこと、好きだって言ってくれるの相澤くんぐらいだもん」
「分かってねえなあ……、咲希は。お前ってめちゃくちゃ可愛い過ぎんだから、自覚しとけよな」

 そう言って、見つめ合ったら相澤くんはまた私にキスをした。
 熱くて甘くって、蕩《とろ》けちゃいそうになる。

「学校では相変わらず塩対応になっちまうかもだけど、俺はそれ以外は溺愛路線に変更すっから」
「……こ、これ以上大丈夫、大丈夫です! 甘すぎて倒れちゃう……よ」

 相澤くんは私のほっぺにチューをしてきた。

「俺がもっとしたいだけ。良いよな?」
「え、えっと〜!」

 ニヤニヤもしてきちゃうけど、相澤くんから離れたくもなる。
 だって、攻め攻めの相澤くん、甘くてかっこ良くてすごすぎて追いつけない。
 相澤くんのふーんって言いながらのちょっとイジワルな顔、私の気持ち、見透かされてるみたい。
 ――こ、困るよ。
 だって……こんなに、相澤くんのこと好きになっちゃった。
 しかも、どんどん、もっともっと好きになる。

         📝

 あんなこと言っていた相澤くんですが、学校では相変わらずの塩対応です。
 ちょっと安心している私がいます。
 だっ、だって、学校でまであんな甘々な相澤くんで甘々な彼のペースで攻めてこられちゃうと、ドキドキで心臓がどうにかなってしまいそう!

 それに他の人が見ている前では恥ずかしすぎて、とてもじゃないけどイチャイチャなんか私には出来そうもないんだもん。

「相澤〜っ! ちょっと良いか?」
「んっ?」

 放課後、クラスメートの瀬戸くんがニヤニヤしながら相澤くんの席にやって来る。
 瀬戸くんの横には、にっこにこ笑う森嶋生徒会長さんがいた。

「神楽さん」
「あっ、はい! 私ですか?」
「ふふっ……、クラスメートなんだもの、敬語はなし。ねっ?」

 そう、この森嶋さんと瀬戸くんが先日学級委員から生徒会に入ったラブラブカップルだ。
 うちのクラスで二人の仲睦まじい姿は癒やしにすらなると評判で。

 成績優秀の美人でモデルさんみたいにすらっとした森嶋さんと、愛想のいいワンコ系瀬戸くん。
 んーっ、お似合いだ。
 たしかに評判通り、二人には尊さすらある。

「なに? これから俺等バイトなんだけど」
「そう目くじら立てて睨むなよ、相澤。俺とお前の仲だろうが」
「……」
「な、なにか御用ですか? 私たちのところに二人揃って来るなんて初めてですよね」

 私はついつい人見知りを発動してしまい、臆してしまう。で、また、森嶋さんに言われたのに敬語になっちゃった。

「まずは二人にありがとうを言いたくて。学級委員を引き受けてくれたでしょう?」
「ああ、別に。くじ引きで決まっただけだ」
「うん、良いんだよ。……私、あんがいイヤじゃないみたい。相澤くんと学級委員ってけっこう面白くって」

 それはホントだ。
 先生に頼まれて職員室に行ってプリントをもらってきたり、回収したアンケートやみんなのノートを持って行ったり持って戻ったり……。
 今のところはなんてことない雑用だけだけど、相澤くんとやってるうちに、やる気が湧いて出てきてて、ちょっとでも誰かの役に立つって楽しいなあとか思い始めていたの。
 それに、相澤くんと格段に一緒の時間が、二人だけの時間が増えていた。
 学校でも誰かの目を気にすることなく、一緒にいる口実になっているし。

「それは良かったわ。神楽さんって責任感があって頼りになりそうだもの」
「ええっ! そ、そそ、そんなことないよ。森嶋さんの方がすごいよね。だって生徒会長をやってみたかったんでしょ? 私、人前に出るのはあんまり……人見知りで。発表とか全校生徒の前でマイク持って話すとか尊敬する。私は大勢の前って苦手なんだ」
「ふふっ……。神楽さんって可愛いのね。……私だってけっこう人見知りなのよ?」
「あーっ、まどろっこしい! 綾菜《あやな》、お前は神楽さんと友達になりたいんだろう」
「ええっ?」

 森嶋さんが照れたように笑う。
 いつもはツンとした雰囲気の清楚美人な子が笑うと、微笑ましい気分になるなあ。

「可愛くって無防備で、神楽さんって守ってあげたくなっちゃう。ねえ、相澤くん?」
「ああ、まあ。まあな」

 んっ? あれ?
 相澤くんって、瀬戸くんだけじゃなくって森嶋さんとも仲が良いの、……かな?
 ほんのり親しさを感じる。
 相澤くんが女子に塩対応すぎないのは珍しい。
 そっかあ、森嶋さんって瀬戸くんのカノジョだもの、だから、けっこう喋るのかな。

「瀬戸。ぐいぐいお前ら二人が突然来るから、咲希が不安がってるだろうが」
「仕方ない、口下手な相澤に代わり、神楽さんには俺が説明しましょう」

 瀬戸くんの説明によると、相澤くんと瀬戸くんと森嶋さんは小学生のころからの空手道場仲間なんだそう。
 へえ、相澤くんの親しい友達って初めて会ったから、すごい新鮮です。
 しかもクラスメートだったとは。

「相澤とは小中と違う学校だったけど、空手道場では一緒でさあ、仲良くなったんだよな?」
「お前の方から一方的にな」
「がーん。……相澤はいつでも素っ気ないんだからあ。でも、ずっと好きだった神楽さんと付き合うことになって良かったなあ。空手を始めたのだって神楽さんを守りたいからだって……いたっ」

 瀬戸くんが話しているのを遮るように、相澤くんが彼のほっぺたをぎゅっとつまんで引っ張った。

「瀬戸。恥ずかしいから大声で言うな。……咲希を守りたいから空手を習い始めたのを知られるのは一部だけでいい」
「咲希ちゃん、良いじゃんねえ。好きな子を守りたいのは俺も一緒だから。生徒会に入ったのも綾菜が生徒会長をやりたいからって言ったからで。帰りとかめちゃくちゃ心配だからさあ。あとは変な虫がついたら困るもんでね。カレシの俺が目を光らせておかないと綾菜はすぐ告られるから。って、いたたたたた。なにすんだよ、相澤っ!」
「俺のカノジョを『咲希ちゃん』とか気軽に呼ぶな。親しくもないのに親しげにしやがって」
「はあっ? 名前で呼ぶぐらい良いだろうが、俺達クラスメートなんだし。相澤がカレシだってそんな権限あんのか? はあ? なにかあ、咲希ちゃんって呼んだら罰ゲームでもするつもりかよ」
「罰ゲームね。してやろうか、お前が脇が弱いのは熟知してる」

 相澤くんが瀬戸くんの脇をくすぐると、瀬戸くんがわはははと笑って逃げ回る。
 ――相澤くんのはしゃいだこんな顔、初めて見た。
 わあ〜っ! 意外だ。 相澤くんってこんな風にも笑うんだ。
 私は嬉しい驚きに包まれる。
 相澤くんって、一匹狼タイプかと孤独じゃないかなって心配してたから。
 ……良かった。

「そこ! ジャレてないで戻って来て。あのっ、……あのね神楽さん」
「は、はいっ」
「改めて言うのって苦手なんだけど、私と友達になってもらえたら嬉しいわ。お願いできる?」
「ああっ、も、もちろん! 光栄です」

 私は森嶋さんから差し出された右手を握り、キュッと握り返す。

「ほんというとね、こうして早く友達になりたかったんだけど、我妻さんが妨害してきてたから」
「我妻さんが?」

 我妻さんは幼い頃に相澤くんをいじめていた張本人だ。
 私の他にも、相澤くんとちょっと話しただけでイジワルされた女子がいたそうで、明るみに出るとけっこう問題になった。

「神楽さんと仲良くしたら友達や家族にも危害を加えてやるって。私、そんなの気にしない、脅しは許さないって我妻さんに言ったら、神楽さんと相澤くんがどうなっても良いのかって言われて、声を掛けられなかったの。なんか、早くに力になれなくてごめんなさい。我妻さんが自分の友だちの神楽さんを傷つけるってよく意味が分からなかったけど、あとで詳細を知って合点がいったけど、ゾッとしたわ」
「うん……。私も我妻さんが相澤くんにしてきたことは許せないんだ」

 あの我妻さんは私を突き飛ばしたりやあちこちで酷いことをしてたことがバレて今は学校を停学処分中で。

「でも、我妻さんが学校にまた来たら、私にしたことは許そうかと思います」
「すごいのね、神楽さんって。頑なだった相澤くんが心を開くのも分かるなあ。……我妻さんみたいなタイプは、向こうの出方次第なところあるから。本当にあっちが反省してるなら許すのもありなのかもね。……ねえ、ところで敬語はなしね」
「ああっ、ついつい。だって綾菜ちゃんって大人っぽいから」
「ふふっ、ありがとう。咲希ちゃんって呼ぶ。綾菜ちゃんって呼んでくれたから。ああ、慣れたら呼び捨てで呼んでしまうかもだけどね」

 いやったあぁぁぁっ!
 やっと私、神楽咲希に同じクラスに女の子の友達が出来ました。

「綾菜ちゃ〜ん。なになに神楽ちゃんと恋バナ? アタシもいれてくださいな」
「えっ?」
「アタシ、鎌田ニコラ。神楽ちゃん、よろしくね」

 この日もう一人、思いがけず私にはハイテンションな女友達が出来ました。