「好きです! 付き合って下さいっ!」
「ムリ。俺には大好きな子がいるし、その子と付き合ってるんで」

 ああ、これで何人目でしょうか。
 相澤くんが告白されて、断る現場に私は居合わせている。

 学校でも、うちの本屋さんでもその勢いは止まることなく……。

「うえーん」
「……。あのさ、泣かれても困るんだけど」
「じゃあ、彼女が無理ならせめてお友達になって下さいっ! 私と連絡先だけでも交換して下さい」
「いやだ。断る。だいたい何のために俺と連絡先を交換すんの? ここは本屋なんで、本を読むなり買うなりしないなら帰ってくれないかな」
「うわーん! もういいですっ!」
「酷いよね。そんな断り方ないですよ」
「……カノジョがいるっていってるだろ。俺はアイツを悲しませるようなことはしないって決めてるんで」
「悔しいけど、誠実で格好良いです」
「うーん、こんなに愛されちゃってるカノジョが羨まし〜いっ……。すっごい美人なのかも。もう仕方ないよ、帰ろ?」

 な、なんかごめんなさい。

 あーあ、そんな、すっごい美人とかじゃないんですよ……、相澤くんのカノジョな私は。

 ――今日は、アルバイト中の告白だ。
 可愛らしい女の子が二人、お店に来たと思ったら、片方の女の子がラブレターを差し出して、相澤くんに告白して。

 きっと一人は付き添いなんだな……。

「……ふーん。あれはうちの制服じゃないねえ。相澤くんのヤロー、無駄にモテやがって。咲希が悲しんでいるだろうが」
「り、陸斗兄!」
「こんなとこに隠れて見てないで、咲希も正々堂々と『私がそこの相澤くんのカノジョです!』って言えばいいのに」
「だ、だって。そんなこと言えるわけがないじゃない。……陸斗兄」
「あんな愛想の欠片もない相澤くんが咲希のカレシとか、まあ、ボクは腹が立つけどね。ボクからしたら、相澤くんには最高に可愛くって優しくって素敵な咲希はもったいないよ」
「そ、それは身内びいきというか……」
「身内びいき? そんなことあるもんか! 咲希、相澤くんよりボクにしなよ」
「も〜、陸斗兄。ありがとう。でも、私を落ち込んだりさせないようにって、変な方法で慰めなくっていいから。……相澤くん、モテるからなあ。私じゃ、相澤くんの横にいるの相応しくないのかも」

 相澤くんと付き合い出したものの、私って相澤くんに釣り合っているのかな?
 たいして取り柄もないし。

「咲希。そんなに自信が無いなら、あんな無愛想な男とは早く別れて、真剣にやっぱりボクと付き合おうよ。これは、この気持ちは冗談でも慰めでもないんだからね」
「えっ? あのっ、陸斗兄っ、近いよ……」

 隅っこの本棚から、レジに居る相澤くんを見ている私と陸斗兄。
 さっきの女の子たちは慌てた様子でドアから出て行く。

「覗き見しているとは、二人とも趣味がわりいなあ。あと、陸斗先輩。俺の《《カノジョ》》の咲希に気安く近づかないでもらえますか?」
「か、カノジョ……」
「そうだろ? 咲希は俺のたいせつなカノジョだ」

 密接ぎみの私と陸斗兄のあいだに相澤くんの腕が入って、私をぐいっと相澤くんの方に引き寄せる。
 あ、あーっ、えーっと。
 背の高い相澤くんの胸に私の頭がこつんと当たる。

「カノジョとカレシ? ボクは認めないよ。二人が別れたら良い話だし。咲希を幸せにするのはボクだから」
「陸斗兄……、はとこだから心配してくれてるんだよね?」
「違うよ。ボクだって咲希と恋人になりたいって思ってる」

 そこで、うちの本屋のドアの来店を知らせるチャイムが鳴った。

「……お客さんが来たから!」
「「いらっしゃいませ」」

 どういうつもりなんだろう。
 陸斗兄、相澤くんが気に入らないのかな?
 お兄ちゃんみたいに、陸斗兄は見守ってくれてそばにずっといてくれたから、私にカレシが出来て心配なんだよね?


      🥟🍚🥗


 こ、これはいったいどういう状況だろう?

 晩御飯の時間になりました。
 私を挟んで右隣りに相澤くん、左隣りに陸斗兄が、リビングのテーブルに座っている。

「パパは複雑だなあ。咲希にカレシが出来て。……相澤くんはたしかにかっこいいし男気があって優しいけど」
「ボクの方が咲希のカレシに相応しいですよね? おじさん」
「いや、陸斗でもやだ」
「そんなあ……」

 パパ、なんだかこんがらがって複雑になるから、話に入ってこないで欲しいなあ。

「あら? 咲希と相澤くん。とってもお似合いじゃない。ママは応援しちゃうなあ」
「おばさん、ボクだって咲希ひとすじなんですよ。ボクのほうが咲希のこと、色々分かってる」
「そうねえ、陸斗くんも素敵だけど。うふふっ……。まあぁっ、咲希ったらモテモテねえ」

 私はみんなで作った餃子を箸でつまんだ。
 同じ餃子でも包み方に個性が出るよね〜。
 この、めっちゃ綺麗に規則正しく皮のなみなみを均等にして包んであるのは……相澤くんの作った餃子だ!
 ……なんだか食べるのがもったいない。

「り、陸斗兄の冗談は返すのに困るから……やめてほしいな」
「冗談なんかじゃないよ。今すぐ、相澤くんなんかと別れて、ボクと真剣に付き合わない? 咲希、ボクは将来も見据えた超真剣な交際をするつもりだよ」

 そこまで黙っていた相澤くんが、ギッと無言で陸斗兄を睨んだ。
 陸斗兄は視線に気づいて、ニヤアッといたずらな顔をして笑う。
 ああ、陸斗兄のこの笑顔はイジワルなことを考えてる顔だ。

「冗談、やめてもらっていいですか? 俺、神楽……。咲希さんとちゃんと真剣に付き合ってるんで邪魔しないでもらいたいです」
「イヤだよ。ボクの方を向いてもらえるよう、全力で咲希と相澤くんの仲を邪魔することに決めたから。……お前、覚悟しろよ」

 相澤くんと陸斗兄がそんな風にいがみ合ってると言うのに、大人たちはそっちのけで賑やかに食卓を囲み、お喋りに興じ楽しそうに御飯を食べている。

「ママ、あーんってして」
「パパも、あーん」

 うちの両親は相変わらずラブラブっぷりを発揮し、餃子を食べさせ合う。
 新婚夫婦も敵わないぐらいのアツアツビームが出まくっています。

「じゃ、邪魔するって本気じゃないよね? 陸斗兄……」
「本気だよ、咲希」

 陸斗兄はそれだけいうと、あっという間に御飯を平らげた。

「ご馳走様でした〜。帰りますね」
「もう帰るの? 陸斗兄」
「ボク、一応受験生なんで。……咲希の作った餃子、美味しかったよ」

 陸斗兄は私の頭をいつものようにぽんぽんと撫でて、帰って行った。
 いつも、陸斗兄は台風や嵐みたいだ。
 明るくて、陸斗兄一人で騒々しかったりする。
 帰ってしまうと静かになって、小学生ぐらいの頃の私はちょっと寂しかった。
 私は兄妹のいない一人っ子だから、陸斗兄がお兄ちゃんだったらなあとよく思っていたっけ。

 私がおそるおそる相澤くんの方を見ると、相澤くんは軽く怒ったような顔をしていた。


        ◇


「ふーん。ここが咲希の部屋か」
「あ、あの……、適当に座ってて、相澤くん。ケーキ持ってくるから」

 私と相澤くんは御飯を食べ終えて、二人で私の部屋に来た。

 ――相澤くんともっと一緒にいたいなあ。少しだけおしゃべりしたくってモジモジしていたら、ママが「相澤くん、咲希と焼いたケーキがあるから部屋で食べたら?」って気を回してくれた。

 ママってすごい。
 私の気持ちが分かるみたい。
 ありがとう、ママ。

「ちょっと待って。……咲希」
「――えっ?」

 手首を引っ張られて、私は相澤くんに抱き寄せられる。
 ドキドキドキ……!
 心臓が早い鼓動を打って、全身が熱くなった。

「陸斗先輩にあんだけ煽られて、俺、我慢が利かない」
「えっ、えっ、えっとぉ……」

 ぎゅっと抱きしめられる。
 力強いたくましい腕が私を包み込んで離さないから、体中を駆け巡るどきどき指数が上がっていく。

「相澤く……ん」
「いい加減、楓って呼べよ」

 相澤くんの左腕は私の体を抱えたまま、右手が私の頬をなぞって顎に触れる。
 私の唇に相澤くんの指が当たって、ドキドキが止まらない。

「キス……してもいいだろ?」
「えっ……」

 キスしたくないわけじゃないけど、私は1階にいる家族のことが気になっちゃった。
 返事を躊躇っていると、相澤くんの唇がそっと私の唇に触れてきた。

「返事、待たせすぎだよ。……咲希。焦らして俺のこと試してる?」
「そんな。……私、相澤くんを試してなんか……ないよ。ただ、下にママとかパパがいるなあって……。だからどうしようかなって……」

 私は恥ずかしさで顔が熱くなってしまい、相澤くんの胸の中にうもれる。

「……そうだな。ちょっと恥ずかしいよな。でも……」
「でも……?」
「いつだって俺はお前とキスしたり……、咲希を抱きしめたい」

 わわわあっ!
 は、恥ずかしすぎる。

 私は完っ全にキャパオーバーになった。

 相澤くんの糖度百%の甘々な言葉で沸騰しそう。
 頭から湯気が出てしまいそうでした。

 いつもは塩対応男子な相澤くんが、すっかり豹変したっ!?

 あ、え〜っと。う、嬉しいけど、相澤くんの私への溺愛がすごすぎて、私はふにゃぁっと蕩けてしまいそうです。

 ……めちゃくちゃ恥ずかしくって逃げ出したくなる。