「なあっ?」
「きゃあっ!」

 ホウキを持った相澤くんが、下駄箱を拭いている私の顔を覗き込んできた。
 じいっと見つめられて、ドキドキする。
 相澤くんに見られてると心が騒ぎ出す。こんなにも胸がどっきんどっきんとしちゃうのは私、……なんでだろうか。

「神楽……。お前、なんかソワソワしてる?」
「えっ? そ、そうかなー」
「俺が掃除道具取りに行ってる間に、あの人……、陸斗先輩が来たんだろ?」

 相澤くんの目が真っ直ぐで、見透かすようだ。

「なんで知ってるの?」
「俺、友達いないわけじゃないんで。少ないけどな。……お節介にも教えてくれる野郎《ヤツ》がいんの」
「ええっ!? 相澤くんって友達がいたんだ〜」
「あのなあ……。まあ、空手の道場が同じなヤツらだから。高校入ってからのっていうより。って、そうじゃなくって!」

 相澤くんが壁ドンしてくる。
 壁ドン? 私の後ろが下駄箱だから下駄箱ドン?

「お前、あの人に口説かれた?」
「はあ――っ!? あ、あ、あるわけないじゃない。陸斗兄が私を口説くって、そんなの口説くなんてあり得ないよ」
「……なあ、咲希。本当か? じゃあ、何言われたんだよ」
「相澤くんに言う必要ないじゃない」
「俺はお前に傷ついてほしくないだけだ」

 相澤くんが悲しげで。
 悪いこと言っちゃったかな。
 あの、私の言い方がきつかったかも?

「ごめん。……でも。相澤くんが、だってね、陸斗兄が私を好きとかそんな途方も無いこと言い出すんだもん。だけど、ごめんね。言い方、ツンってしちゃった」

 私は、すぐに反省した気持ちになってた。
 もしかしたら、相澤くんは私を守ろうってしてくれてるの?

「お前が心配なんだ。……咲希はさ、俺が心配すんのってさ、迷惑なの?」
「えっ? ……そんなことないよ。……嬉しい。……私は相澤くんが私のことを気にかけてくれるって思うと嬉しいんだよ」

 相澤くんが見つめてくる瞳が揺れている。

「かき乱されるんだ、あの人の言葉や行動に。俺は俺だし。気にしないで良いとか思うけど。本当に咲希にとって陸斗先輩はただの親戚のお兄ちゃんだよな?」
「当たり前だよ。……だいたい私が気になっているのは……」
「咲希が『気になっているのは?』……誰?」
「そ、それは……」

 私が気になるのは、……相澤くんだもん。
 だって、どきどきするの。
 相澤くんの笑顔とか真剣な顔とか勝手に浮かんできちゃうし。
 ――今だって。

 でも、言いづらいよ。
 言ってしまったら、変わっちゃう。
 拒絶されちゃったら?
 そうしたら塩対応がもっと……。
 相澤くんが喋ってくれなくなったらって思うと、私はどうしたらいいかわからなくなる。

「……俺は咲希のこと、大事に思ってる」
「あ、ありがとう」

 だけどそれって。
 友達だから? バイト仲間だからだよね?

「お前トロいから、陸斗先輩目当ての女子のゴタゴタとか、面倒事に巻き込まれそうで見てらんねえんだよ。そ・れ・に・だ。ああいう先輩みたいな八方美人でモテる男はな、付き合ったら地獄だぞ」
「ああ、そういうことか。たしかに……」

 いつかそんなことあったっけ。
 その昔、陸斗兄と私がクリスマスに、恒例の親戚が集まるパーティの買い出しに出掛けてたら、いきなり女の子の集団が来て、そのうちの一人の子にビンタされたことがあったよなあ。

 あの時は、いつもは穏便な陸斗兄が珍しく怒ってたな。
 驚きすぎて、ぼんやり眺めていたっけ。
 陸斗兄でも、女の子相手に怒ることがあるんだって。
 優しい陸斗兄だから、静かに叱って諭すって感じだったけど。

「お前、あんまり目立つなよな。ただでさえ、神楽は可愛すぎて嫉妬されやすいんだから」
「ふえっ!?」

 相澤くんの言葉にカーッと頬が耳が熱くなる。

 ちょ、ちょ、ちょっと!
 相澤くんって、塩対応なんだか甘いんだか分かんないよ。