その日の夜。
俺は都内の高級料亭にいた。

「待たせたな」

俺の到着から20分後、現れたのは白髪の老人。
どうやら仕事先から直接来たようで、生地も仕立ても一流とわかる高級スーツを着ている。

「僕も先程ついたところです」
「そうか、それは良かった」

もうすぐ80歳という年齢の割に背筋にピンと伸びた颯爽とした歩き姿。
身長は170センチほどだが、当時の日本人としては小さい方でもないだろう。
精悍な顔つきは少し近づきがたい印象を与えるが、物腰は柔らかく優しげにも見える。
とにかく、隠居前の老人には全く見えなくて、現役バリバリのビジネスマンって風貌だ。

「まずは食事にしよう。まだだろ?」
「ええ」

初めてここで食事をしようと言われたのは今から2か月前。
その時には一体どんなものが出てくるんだろうと怯んだ記憶がある。
ここは政治家や企業のトップたちが接待で使う場所で、当然のように高級食材を使った手の込んだ料理が並ぶものと想像した。
しかし、現実はそうではなかった。