「階段を上ってみよう」
 長い長い階段は運動不足の身には結構きつく、息が上がる。百戦錬磨はいつもたくましく体力には自信があるようだった。息があがっていないなんて、すごい。基礎体力が全然違う。手を差し出される。手をつないで登ろうという意思表示だろうか。気の毒な私のために助けてくれたのかもしれない。でも、すごーく心臓がばくばくして、錬磨の手の大きさに惚れてしまう。汗ばんでいることが恥ずかしい。錬磨は何を思っているのか少し前を歩いているので、表情は見えない。でも、はたからみたら恋人同士に見えるかもしれない。汗だくすぎて、もう前髪を直す気力もない。

 私がぜーぜー言いながら、階段をやっと登りきると――そこには絶景が広がっていた。街を一望できるような高さだ。神社に神主さんはいないのだろうか。いたら、何か話を聞くことができないだろうか。

 ごく普通の神社で、賽銭箱が備えられており、じゃらじゃら音が鳴る鈴がぶら下がっている。思ったよりも規模は小さい。中に、鬼神の何かが祀られているのだろうか。そーっと中を覗こうとすると――

「君たち、見ない顔だね」
 神社の神主さんらしき若い男性がこちらにやってきた。

「実は、神話に興味があって、学校の宿題で提出予定なんです。話を聞かせてもらえませんか」
 百戦錬磨が話しかけた。うまい聞き出し方だな。彼は意外と頭がキレる。

「かまわないよ。まぁ、石像に書いてあることがほとんどすべてだけどね」
 たしかに、神主さんの言うことは当たっている。何を根拠に人間ポイントカードと行方不明者と鬼神伝説を結び付けていたのだろう。ただの噂にすぎない。

「でも、昔は本当に鬼神がいて、罪人を生贄にしていたんですか?」
「どうだろうな。それも、子供が悪さをしないように大人が勝手に作った物語かもしれないと思っているんだ。鬼神の死体も骨も実際に見たこともないし、聞いたこともないからね」

 それもそうだ。

「でも、鬼神が人間と全く同じ姿で同じ骨格ならば、区別はつかないかもしれないな」
 今日の百戦錬磨は一味違う。

「僕は、ここを先代から引き継いだだけだからね」
「奥に、何か祀られていたりしますか?」
「奥には人は入れないんだよ。特に何もないから、入ってもつまらないと思うけど」
 優し気な神主さんは立ち入り禁止だということを主張した。

「鬼神の銅像はあるけど、それ以外はなにもないよ」
「絵で見たことがあるのですが、鬼神って角があって体が大きくて、怖い顔をしているんですよね」
「昔話に出てくる鬼みたいなイメージでいいと思うな。ただ、神様の一種だから敬わなければいけないっていうのが、ただの鬼とは違うんだよね」

「ありがとうございました」

 私たちは神社をひとまわりすると、そのまま階段へ向かう。

「神主は多分、鬼神の末えいなんだろうな」
「何それ?」
「匂いが違うと思ってさ」
「匂い?」
「俺、鼻が利くんだ。人間らしくない人間の匂いを何度も嗅いだことがあるからさ」
「なにそれ?」
「街中にも鬼神なのか、普通ではない人間の香りを放っている生き物がいるんだ」
「そうなの?」
「あと、おまえはちょっと特殊能力持ちだということにも気づいていたりする」
 誰にも言ったことがない秘密を言い当てるなんて、多分、彼の嗅覚は本物だ。

「実は、未来を一部予知できる能力があるの」
「ビジョンとか?」
「それは、ほんの一部で全部が見えるわけじゃないんだ。かなり特定分野だから、一般の人に貢献はできないの」
「たとえば?」
「……内緒」

 ここで、殺人する人がわかるなんてとても言えない。しかも、あなたから、漆黒のオーラが見えますなんてとても言えない。

「鬼神っていうのは、現代は人間を食べなくても生命を維持できるんだと思う。さっきの神主の香りでわかったよ。動物や人間ではない肉で代用しても生きられるように進化しているんだと思う。でも一部の鬼神は人間を食べたいと趣味に走っている者がいるんだと思う」
「実際行方不明者ってどうなんだろうね」
「どうかな。現代の日本でもかなりの人が行方不明のまま見つかっていない。これって不思議だよな。認知症とか色々な理由があるのだろうけれど、監視カメラもあるし、科学技術も発達している。それなのに、どうして未解決なのか」

 神社の高台から見る夕暮れの景色は美しい空の色をしていて、まるで宝石だ。青と紫とピンクが混ざった不思議な色。この瞬間が宝物だ。隣に、好きな彼がいて、低ポイントの人間でも同様に同じ空の下で生きている。幸せを感じる。この先、低ポイント人間を抜け出せる保証もない。ただ、もう少し、こんな時間が続いたら幸せなのにな――。

「危ない!! 逃げろ!!」
 突然の声に驚く。
 後ろを振り向くと、鬼のような人間のような生物が立っていた。

「おいしそうな人間、食べたい」
 そう言うと、覆いかぶさってくる。
 この神社付近で行方不明者が出ているという噂、これは本当だ。

 百戦錬磨は持っていた小型のナイフで鬼のような生物を切った。
 ナイフで切っただけなのに、存在が消えた。
 完全消滅だ。
 これって普通のナイフなの?
 それとも、この男が普通ではない能力の持ち主なの?

「錬磨君って、特別な力があるの? 今の裁き方が妙に手慣れているというか」
「これ、俺に与えられた特権なんだ」
「特権?」
「俺の家、貧しいだろ。兄弟が食べるものがないから近くのスーパーでパンを盗んでしまったことがあったんだ。弟がやったことではあるけれど、俺も加担していたのは否定できない。もちろん、店の人に通報されて警察とか児童相談所の大人が来たんだ。その時に、貧しい子どもに救済措置をとる制度があると説明されたんだ。現在の日本では子供はアルバイトをすることはできない。つまり、自力でお金が稼げない。でも、人間ポイントカードにポイントが貯まれば貯金でき換金できる。だから、鬼神斬りにならないかと言われたんだ。ほとんどが能力や知性のない野生の鬼神なんだ。その鬼神は力のない子どもを狙う。だから、一部の子どもにポイントを稼げる措置をとって抹殺しているというのが本当なんだ。貧しい子どもへの救済措置だけど、実際は多すぎて大人だけで対応するのが大変というのもあるだろうな」

「実はポイント、結構たまってるの?」
「俺は、時々野生の鬼神がいそうな場所を訪ねて狩りに行くことも多いんだ。中学生ができるバイトは表向きは存在しないだろ。少しずつでも貯金できるのはありがたい」

「でも、命の危険もあるんでしょ」
「もちろん。でも、基本野生の鬼神は攻撃がワンパターンなんだ。だから、ある程度読めるからかわすことはできるし、一撃で消滅できる武器も特別支給されているしな」

「でも、この武器持っている人ってたくさんいるの? 人間を切る人がいたら危ないよね」

「これ、人間を切ることはできないんだ。もっと言えば、鬼神しか切ることはできないんだ。つまり、果物とかも切れないんだ。というのも、特別な光で焼き切るらしい。安心しろ、国が支給している武器だから銃刀法違反にはならないよ」

 一見ちょっとかっこいいナイフなのに特殊な物なんだな。もしかして、彼から黒いもやが見えていたのは、鬼神を殺していたから? 殺すというより、抹消するというイメージかもしれない。彼は人を殺すわけではない?

 ゆったりとした足取りで階段を下りると、まるで別世界のように平和な街が広がっていた。でも、いつどこであの生物に出会うかもわからない。でも、彼がいれば身の安全は確保できる。いつもいるわけでもない。一般人はほとんどが野良の鬼神のことを知らない。でも、この先、野生が増えてしまったら私たちの生活は一般するだろう。生活が脅かされるなんて――低ポイントで先の見えない私には怖いことしかない。

「神主は知っていて放置しているんだろうな。むしろ、鬼神をあがめている神社だからな。野生の鬼神のおかげで夕飯代くらいは稼がせてもらったな。正式な契約を結んで生贄を食べる鬼神が多いのだろうが、一部の神社には野生の鬼神がいる。ここは田舎だし多いのかもしれない。いつか――都会に行ってみたいなぁ」

 空を眺めながら都会に想いを馳せる。

「私たち、優秀になれば、生贄にされることもなく、国から高ポイントでお金も支給されて幸せになれるんだよね」
「だから、高校入試がんばるぞ」
「うん」

 初めて見た怖い存在に心臓がばくばくして止まらない。
 でも、隣に彼がいたから心強い。

「図書館で俺は鬼神について調べてみる」
「そうだね」
 いつのまにか彼のTシャツの裾をつかんでいることに気づき、慌てて手を放す。

 鬼神についての本というのはたくさんあったけれど、確かな情報を選ぶことはできなかった。ただ、一種のウイルスのようなものであり、鬼神と人間は共存しなければいけないという考察が書いてあった。鬼神の完全消滅が難しく、そのための協定が必要だという著者の言葉は心に残った。地元の歴史研究家の書いた書籍が一番わかりやすく、一度話を聞いてみたいという気持ちになる。

「まずは俺ら、勉強第一だろ」
 不良が言うとなんだかおかしくて、くすっと笑ってしまう。

「今笑ったな」
「ふふっ。なんだかこんな時間もいいなあって。子守りは大丈夫なの?」
「児童相談所からヤングクアラーを指導されて、保育所と児童館に預かってもらうことになってさ。結果俺の時間ができたってわけ」
「こんな人間を数字で測る制度なんてなければいいと思ったけれど、それによって善人が増えるとか、犯罪が減少するならば――低ポイントの人間の逆転チャンスも与えられるのならば、いいことなのかもしれないね」

「そうだな、少なくとも俺にとっては助かる制度だ。お金に困っている子どもには救済制度として有能だと思う。特に俺のような武闘派には有利な制度でもあるしな」

「そのうち、時間があるときにこの本の著者に聞きに行ってみたいな」
 今日の課題は終えた頃、提案する。

「そうだな。でも、真実は誰にもわからないからな」
 一通り、今日のノルマは達成したわたしたちはテキストを閉じた。