本音は隣にいてほしい。私はずっとあいつと一緒にいたかったんだ。でも、元々彼の想い人は夏希だ。何を今更――。必死に教科書に向き合う。

 接点の糸を一応つないでおく。ムカつくけど、そばにはいてほしい。矛盾しているけれど、私の正直な気持ちだ。
 改めて何でもできる百戦錬磨のすごさに気づく。
 笑顔ひとつにも胸がときめく。
 髪が揺れて陽に当たった髪色も全てが輝いて見えた。
 多分床屋に行くお金がないから、ぼさぼさな髪なのかなとおもうけれど、それが彼には似合っていてむしろかっこよく見えるから不思議だ。自分で切っているのかもしれないけれど、独特の雰囲気に呑まれる。

 夏希が来る。少し前まで見向きもしなかったのに、面倒だな。でも、この人がいなかったら私はクラスに友達ができなかった。

「みんなで優秀高校目指して頑張ろう!!」
 そうはいいつつ、一番不出来な私は自宅で一番勉強していた。
 元が悪いから、ちょっとやったくらいじゃできる人間にはなれない。
 努力は人一倍必要な人間なのが私。

 少し前まで彼の隣には私しかいなかった。
 百戦錬磨がどんどん遠い場所に行っちゃう。

「錬磨君って、付き合っている人っていないんだよね?」
 上目遣いの美少女を演出しながら、夏希らしい直球な質問だ。

「いない」
 相変わらず答え方もぶっきらぼうだなぁ。
 これって夏希と恋人になるチャンスが間近な質問だ。
 いないから、いつでも彼女募集中とも受け取れるよね。
 夏希が羨ましい。

「字がきれいだな。書道とか習っていたのか?」
 たわいのない二人の会話だ。もう、ここにいるだけで自分が辛くなる。
 きっと近い未来二人は付き合うのだろう。
 私はただ見ているだけ。何もできない。

 そのまま何も言わずドアを開けて帰宅する。

 なんだか吹っ切れた。何度も期待して、好きだと思っていた私。
 でも、かなわない恋もある。
 伝えることができない恋もある。
 諦める恋もある。
 翌日――
「夏希とはいい感じなんでしょ?」
「いい感じってなんだよ。勉強仲間として高校目指せる仲にはなったけど、今は受験生だ。交際がどうとかそういう時期じゃないしな。俺は、家族ポイントは底辺中の底辺なんだ。実は、義理の父親が失踪した。というか、人間ポイントがマイナスになるような人間だったんだ。もしかしたら、生贄になっちまったのかもな」

「まさか……」

 自分よりもずっと苦労を背負う百戦錬磨。こんなに理不尽な状況から逆転しようとしてるなんて。

「実はさ、おまえには感謝してるんだ」
 すこしばかり、恥ずかしそうに視線を逸らす。
「なによ、らしくないなぁ」
「中学卒業したら高校に行こうなんて思ってなかった。でも、頑張ろうと言ってくれたから、今回学年順位1ケタに入った。やってみるものだな。意外と俺、出世できるかもしれねー」
「錬磨君は、私と違って地頭がいいんだよ」
 少々怒ってみる。

「でも、人間ポイントカードがなかった時代から、学歴とか職業で結婚を決めた人も多いっていうし。家柄とか、自分でどうにもできない物で選ばれるより、逆転可能な今の時代のほうが俺には有利かもしれないな」

「告白してみたら?」
 その言葉に一瞬、百戦錬磨は固まる。

「そういった気持ちは今は持ってないんだ」
「どうして?」
「どうしてって言われてもな。今は勉強と将来のことのほうが重要だ。高校に入る点数次第で奨学金や人間ポイントが左右されるからな」
 少しばかり戸惑いを見せる。どうしたのだろう?

「ひと夏の恋は、高校までおあずけ?」
「ひと夏の恋は、もう終わったよ。いい思い出ができた」
「は……?」
 どういう意味?

「花火大会、すごく楽しかった。ありがとう」
 それだけ言うと、百戦錬磨は席について、参考書を開く。
 ひと夏の恋が終わった? いい思い出?
 視界に入るだけで胸がざわつく。