シーシー
昼食を終えたニャン吉は、〈海の家〉の裏の日陰でゴロゴロしながら、つまようじで歯の掃除中。
今、ご馳走になったゆで卵は、〈海の家〉のメニューのおでんに入れる具。
キッチンスタッフが目を離した隙に失敬したもの。
売り物をいただいてしまって悪いと思いながらも、腹ペコになったら、理性も常識もへったくれもねぇ。
あ~あ~、満腹、満腹。さて、めしも食ったし、昼寝でもするか……。
スヤスヤ……
グーグー……
ガーガー……
グアーッ! ガアーッ!
なっ! なんだ? ……あああ、ビックリした。
自分のいびきで飛び起きたニャン吉は、よだれを拭きました。
「ウェーン! ママーっ!」
(ん? ピンクの水玉柄のワンピース水着を着た女の子が泣いてるよ。迷子になったのかな? ……交番に届けてあげたいけど、顔が知られてるからな。また騒がれるのもウザいし。……どうしようかな。このまま見て見ぬふりもできないし、仕方ない、声かけるか)
「そこのかわいいお嬢ちゃん」
ニャン吉の声に振り向いた女の子は、
「……ヒック」
シャックリのようなヒックをしたあと、泣き止むと、ニャン吉を見て目を丸くしました。
「迷子になったのかい?」
「……うん」
「じゃあ、俺らの背中に乗って。交番まで届けてあげるよ」
「……おはなしできるの?」
「ああ。でも、パパとママには内緒だよ。ま、どっちみち信じちゃもらえないだろうがな。さあ、ママにおんぶするみたいに乗っかって」
ニャン吉は後ろ足立ちすると、腰を屈めました。
「……うん」
女の子はニャン吉の首に両手を回すと、おんぶされました。
「しっかりつかまってんだよ」
「うん」
「じゃあ、行くよ。レッツゴー!」
ニャン吉はスタートを切ると、ピューマのようにしなやかに走りました。
「わあ~、ひかりみたいにはやい」
(光? そこまでは速くないだろ? ……もしかして、新幹線のひかりのことか? それにしても、俺って速いんだな。クッ)
ニャン吉は、縫うように人波をかき分けると、ビーチのパラソルでいちゃつくアベックの間をすり抜けました。
ピューッ!
一瞬の出来事に、何が起きたのか分からず、アベックはキョトンとしていました。
交番の近くまで来ると、女の子を降ろしました。
「さあ、交番に入って。お巡りさんに、『迷子です』って言うんだよ」
「うん。……ありがと~」
「何、いいってことよ。持ちつ持たれつだ」
「……モチ?」
「じゃあ、あばよ」
ニャン吉は背を向けると、再びピューマのようにしなやかに走り去りました。
(さて、夕食は何にしようかな……。人気メニューのラーメンのスープに使った煮干しの出がらしにでもするか。では、それまで一寝入りっと)
「ね、猫が交番に迷子を届けたって話、どう思う?」
(ん? さっき、パラソルでいちゃいちゃしてたアベックじゃん)
「また、あのヒーロー、【交番に落とし物を届ける猫!?】かと思ったけど、別の猫みたいだよ」
(エッ! なんで?)
「そうなの? だけど、女の子の話では、白黒のずんぐりむっくりの雑種だって言ってたわよ」
(ここでもフルネームかよ。白黒の猫でいいッス)
「【交番に落とし物を届ける猫!?】と違うところが一つあったらしい」
「何?」
「女の子の話では、つまようじをくわえてたんだって。【交番に落とし物を届ける猫!?】はつまようじくわえてなかっただろ?」
(だって、お金くわえてたんだもーん)
「じゃ、あのヒーロー猫とは別の猫?」
「ああ。ただのそっくりさんだったんだよ」
(トホホ……つまようじ、耳に挟んどけばよかった)