「朱里さん、お久しぶりです!」

無事にテスト期間も終わり、迎えたバレンタインデーの夜。
菊川が開けたドアから車に乗り込んだ聖美が、嬉しそうに朱里に笑いかける。

「聖美さん、お久しぶり。元気だった?」
「ええ。朱里さんもお元気そうで」

助手席に瑛が座ると、運転席に回った菊川が車を発車させた。

「朱里さん、今日はコンサートへのお招きありがとうございます」
「ううん、私が手配した訳じゃないの。仕事の関係でチケットを頂いたのよ」
「まあ!朱里さん、コンサート関係のお仕事をされているのですか?」

え?と朱里は戸惑う。

(瑛、ひょっとして何も話してないのかしら?)

そうだとしたら、自分の口からは何も言えない。

「うん、少しツテがあって。たまたま頂いたの」
「そうなのですね!でも今日のプログラムも、私の好きな曲ばかりで楽しみです」
「バレンタインだものね。恋人同士で聴くにはピッタリの、甘い愛の曲が多いね」

そう言うと、聖美は顔を曇らせた。

「聖美さん?どうかした?」
「あ、いえ!」

(バレンタインの夜に瑛とコンサートに行けて喜んでいるのかと思ったのに、なんだか元気なさそう。どうしたのかしら?)

すると聖美が急に顔を上げて、朱里に向き直った。

「朱里さん。去年の秋の『愛の夢』とても素敵でした。あの曲にはどんな想いがあったのですか?」
「え?そうね、んー。最初はどう弾けばいいのか悩んだんだけど、先輩からアドバイスもらって、その通りに弾いたの」
「…そうなのですか」

朱里は、適当にごまかした事がばれないように、すぐさま視線を逸らす。

そっと横目で聖美の様子をうかがうと、浮かない表情でうつむいていた。

(んー、これは今日も、菊川さんとのラブラブ作戦発動ね)

朱里は気合いを入れて頷いた。