溺愛幼なじみは甘くて強引

「え、そ……そうかなぁ。でも私みたいな普通な子が、理央とは釣り合わないよ」

「いやいや。大事なのは、理央くんが誰を選ぶかってことでしょ。それに、南月は充分可愛いんだから、自信持ちなって」

「そ、そうかな……」


自信ないなぁと思っていると、真琴ちゃんに、また心を読まれた。


「私が言うんだから自信もって。
――ね?」

「は、はい……っ」


照れる私に「絶対に大丈夫」と即答する真琴ちゃん。


確かに、理央は昔から私を気に掛け、世話を焼いてくれた。溺愛ってのは、よく分からないけど……。


二年生で同じクラスになってからは、特に構ってくれるようになった気がする。


「なーつ」

「わぁッ!」


背後から、急に名前を呼ばれた。ビックリして振り向くと……話の渦中の人物。


幼馴染の理央が、イケメンスマイルを浮かべて立っていた。


「浮かない顔して、どうしたの?何か悩み?」

「え!や、あの……」
「ん?」


と言いながら、理央は首を傾げる。

すると茶色の髪がふわりと揺れ、理央の優しいオーラが増して見えた。


そんなカッコイイ理央を直視出来なくて……「なんでもないの」と前を向いた。

すると、理央は私の肩を過ぎた髪をサラサラと撫で始める。


「えと……理央?何してるの?」

「ん?南月の髪が伸びたなぁって思って。

今日、髪を切りにおいでよ。母さんが気にしてたよ。そろそろ伸びて来たんじゃないかって」

「おばさんが……分かった。行く!」


理央の家は美容院。

いつも可愛く仕上げてもらえるから、私は生まれた時から、ずっと理央のお母さんに切ってもらっていた。


「じゃあ今日、一緒に帰ろう。帰る時間に、ちょうど予約が空いてたはずだから」

「うん、わかった」

「母さんに連絡入れとくね」
「ありがとう、理央」


すると理央は「うん」と言って、自分の席へ戻っていく。

その姿を、何となく見ていた私。


その一方で、

「やっぱ溺愛されてんじゃん」と、真琴ちゃんが呆れた顔で笑っていた。


だけど――私は知らなかった。


おばさんに髪を切ってもらう時。

まさか、私が失恋しているなんて。



「理央、私……理央が好き!
付き合ってほしいの」

「ごめん南月。
俺、南月と付き合うのだけは無理なんだ」

「……ふへ?」



美容院に行く道すがら、勢いあまって告白してしまった私。


結果は、見事に惨敗。


振られたショックで潤んだ目のまま、美容院の椅子に座ることになる。


「ねぇ南月ちゃん、さっき泣いた?」

「泣いてないです……。それより!

短くバッサリ、カットしてください!」

「えぇ!?」


「失恋したから髪を切る」という定番行為を行うことになろうとは――


真琴ちゃんと話していた時の私は、一ミリも想像できなかったのだった。






「え、えーっと、本当にバッサリいっちゃっていいの?」

「お願いします!!」


おばさんが念入りに、何度も確認してくれる。私が今までショートにした事が無かったから……。


「ショートで良いんです!!」

「う、う〜ん」


きっとおばさんには、私に何か事情があるってわかってる。


でも――


お願いだから、今は何も聞かないで。

お願い、おばさん。


「……っ」

「ねぇ南月ちゃん。先に髪を濡らしちゃおっか?」

「はい……、お願いします」


おばさんに、気を遣わせてしまった。

申し訳ないと思いつつ、話を深堀りされなくて安心した私がいる。


シャンプー台に移動して、背もたれを倒してもらう。その時、温かいタオルが、目の上にホワッと乗った。


「あったかい……」

「ふふ。熱すぎたら言ってね?」

「はいっ」


シャアアァァァ


髪を触ってもらうのって、どうしてこんなに気持ちがいいんだろう。

目の上のぬくもりが重なって、ウトウトしてきちゃった……。


だけど。

おばさんの手、今日は大きく感じる。なんで?それとも、私の頭が小さくなった?


「って、なわけないか〜」

「何がなんだって?」

「へ?」


ん!!!?


さっきの声を再生すると、おばさんじゃないのは容易に分かる。

それに、間違えるはずない。


だってこの声は、この声は……!!
「り、理央!?」

「そう。俺がずっと洗ってたんだよ。いま気づいたの?」

「な、え……!?」


気づくわけないじゃん!

それに、気づかせないで欲しかったよ!


なんて言えるわけなく……。


「そ、そーなんだぁ」と、消えそうな声で返事をする。

あぁ。まさか振られた相手に、髪を洗ってもらうなんて。おばさん、どこ行っちゃったの……!


「俺はさ」

「え、う、うん?」


急に会話を振られて、ビックリした。

けど、挙動不審な態度も恥ずかしいから、平常心を保って返事をする。


「ショートより、肩くらい髪がある方が好きだな。南月によく似合ってるし」

「っ!?」


んな……っ!?こんな状態で、私のことを気にかけてくれなくても……!


いつもなら嬉しい「理央の世話焼き」が、今はすごく切ない。

目の上にタオルがあって、本当に良かった……。


「あ、ありがとう……」

「うん。じゃあ母さんに代わるね。あと――

カットが終わったら、俺の部屋に来てくれる?話したいことがあるんだ」
「へ?」

「待ってるからね」


そう言い残して、去って行く足音。

その後すぐに、おばさんの小走りする音が遠くで聞こえた。


「もう理央ったら!ごめんね南月ちゃん。タオルもシャワーも、熱くなかった?」

「だ、大丈夫……じゃないです」

「えぇ!?」


放心状態になった私の頬を、ペチペチと叩くおばさん。


だって、おばさん……。あなたの息子さん、ヒドイくらい天然乙女キラーなんですもん。


振った相手に「可愛い」とか「俺の部屋来て」とか、平気で言っちゃうんです。


振られたのに、ずっとドキドキさせられるんですよ?ヒドイですよね。


でも――


「二人きりになれるのを楽しみにしてる私がいる……。往生際が悪い、見苦しい、泡になって弾けたい……」

「ちょ、南月ちゃん!?」


結局。

カットが終わるまで、私のドキドキは収まらず。理央のいう「似合ってる」長さにカットしてもらった私は、


コンコン


理央の待つ部屋へ、すぐに向かった。






「どうぞ」

「お、お邪魔します……っ」


ガチャ――とドアを開ける。

部屋の真ん中にローテーブルを置き、課題らしきものをしている理央。


まだ制服を着ているけど、家ならではの雰囲気が漂っていて……。

懲りずにドキドキしてしまう私。


「南月?どうしたの、入って」

「は、ふぁい!」

「ぷっ、ふぁいって何?」


眉を八の字にして笑う理央。

この笑顔を身近で見てきて、どうして今までときめかなかったのか不思議。

小学校の私も、中学校の私も――いったい、何を見てたんだろう。


いつも私の隣には、こんなにカッコイイ人がいたのに。


「一緒にする?数学の課題。今日ちょっと難しかったでしょ?」

「あ!うん。教えてくれると助かる、です」

「ぷっ、はい。オッケーです」


理央の、へにゃっと笑った顔。

はい、だって。
オッケーです、だって。

ぬううぅぅ……。


キュンポイントが加算されまくっている。どうしよう、振られた相手に抱いていい感情じゃない。


潔く、スッパリ諦めないと――
「や、やっぱり帰るね!」

「え?どうして?」

「課題があるの忘れてた!」

「だから、今からやるんでしょ?」

「そうだった……!」


私のバカ。

何で別の理由にしなかったのー!


残念な鐘が「チーン」と聞こえて来そうな私に、理央が近づく。

そして切ったばかりの髪に手を伸ばし、


「よく似合ってる。可愛い」


なんて。振った相手に、とんでもない事を言い始めた。


「……っ!」


理央、なんなの?人の事を振っておいて。どうして、そんな甘い言葉を言うの。


理央の事が、全く分からないよ。


「うぅ〜……っ」

「え!?南月?どうしたの?」


いきなり泣いた私の頬に、素早くティッシュをあてる理央。


私を心配してくれる姿にもときめいちゃって……。

私いつから、こんなに「理央命」な女になったんだろう。